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2008-02-03

陳凱歌「私の紅衛兵時代」

  • 「私の紅衛兵時代」 陳凱歌著 講談社現代新書

Watasino_koeiheizidai

中国の文化大革命というのは1960年代後半の出来事なので、私がちょうど小学校低学年ぐらいの頃の歴史になる。この世界史的事件は、よくその名を耳にするわりに、それがいったい何なのかはっきりとは分からないし、説明されて理解できるものではないと思う。説明されても理解できないのはそれがあまりにも理不尽で、およそ人間の理性で解釈できる代物ではないということ。なのに名前に「文化」というどう考えても人間的な文字が使われているので、聞く側がよけい混乱するのではないか。

かつてジョルジュ・バタイユの「エロティシズム」という本に掲載された中国の公開処刑写真(清時代のものだったかな)に衝撃を受けた。バタイユは処刑される青年のなぜか恍惚とした表情に視点を合わせているのだが、私は単に公開処刑というのでなく、実際に群衆が処刑を行ない参加することに衝撃をおぼえた。少しずつ罪人の肉をまわりの人々がナイフで切り取っていく「百刻みの刑」と呼ばれる処刑。中国人の群衆心理の恐ろしさがそこに凝縮されていると感じた。

映画「ラストエンペラー」の最後の方に、貧しい庭師となった溥儀の前を、奇妙な三角帽子を被された「罪人=政治犯」とその「罪人」に石を投げる狂っ た群衆のシーンが出てくる。あのシーンが文革の時代だが、あれが何なのか今の日本人に感覚的に捉えられる精神的視座がないと思う。村八分というような群衆 の狂気は日本にもあった。例えば関東大震災後の群衆による韓国人差別という歴史の汚点もあった。しかし日本人は、いまだかつてあれほどの規模の、群衆によ る個人への攻撃と差別を経験していないのではないだろうか。だから日本語にそれをうまく表現できる言葉が見当たらないので、ただ無意味に、そのできごとを 「文化大革命」という体制側の付けた呼び名で伝えてきたのだろう。あえてあれを表現するなら、村八分などという生やさしいものではなく、「国家八分」とで も呼ぶしかない。
ジョージ・オーウェルの「1984年」には、社会主義国家によって教育洗脳された子どもたちが、自分の親を反動分子として告発す る場面が出てくる。子どもたちを教育によって洗脳することは、統制国家を維持する重要な手法であるとして描かれている。このオーウェルの警告は、文化大革 命によって現実に写された。

衝撃的な時代を静かに語ったこの本「私の紅衛兵時代」。著者は中国人映画監督で、文革の時代を14歳で迎えた。この本はその時代の回顧録である。私が昔見た映画「キリングフィールド」には、クメールルージュの 捕虜となった群衆の中から、かつての体制側国家で知識人であった医者や教師や大学教授、芸術家を選びだし、「君達には新しい国家の建設のために大いに力に なってもらう」とだまして呼び出した上で、虐殺するシーンが出てくる。あれは毛沢東の影響を多く受けたポルポト政権が実際にやったことで、その卑劣な手法 の源流は中国にある。

著者陳凱歌の両親も中国では有名な映画関係者。知識人であったがために、反革命の容疑で逮捕されたりする。悲惨なのは、まだ日本でいう小中学生ぐら いの子どもであった著者が、体制側の思想に洗脳され、自分の親を糾弾するシーン。群衆の前で父を国家の裏切り者として子どもにののしらせる国とは、狂気の 国家以外のなんであろうか。この体験が著者にとって、大人になって父と和解するまで、一生心のキズとなって残り続けることになる。

さらに異様なのは、北京の自宅を紅衛兵たちに襲われるシーン。エキセントリックになった年少の紅衛兵たちが、著者の自宅に乱入し、そこにあった家具 や書物を家の外にうず高く積み上げて焼いてしまう。著者や家族はただそれに従い見ているしかない。通常の日本人には理解できないこのシーン。強盗という言 葉では、まだまだなまやさしい。文革の中に個人の権利は無かったというだけでなく、個人の権利も尊厳も心も全てが踏みつけにされ、たたき潰されていったの だ。

著者はこんな時代をどう生きたのか。題名が示すように、時代に従い一時同化するしか無かった。自ら紅衛兵となり、集団に融け込むために暴力行為に手を染めたりすることもあった。理由は実にシンプルである。つまり「そこで生きていかなければならなかったから」

国の指導者自らが、国全体を混乱に陥れた文革。人々の権力欲と猜疑心の強さを最大限に利用したこの国家権力による狂気は、単に共産主義の狂気という だけでなく、人間心理の奥底に潜む救いようの無い不可解さを提示して余りある。この狂気は、かつてナチスに迎合したドイツ国民や、軍国主義に陶酔したかつ ての日本人ともかさなって、ある種普遍的な問題として我々に突き付けられている。小さな規模であれば、現代の日本人どうしの関係の中でも、例えばリストラなどで被害を受ける社員が村八分的な人間関係に置かれることがある。もっと露骨には、カルト宗教団体の中の人間関係で行われる、集団による個人の疎外といった例も。

だから違和感極まりない文革ではあるが、見方を変えれば、文革時代の中国人の群集心理は別に中国人に固有なものではなく、人間の存在に共通なある種の心理であると捉えることもできる。だから他国の出来事と思ってすましてしまうのは、一面の過ちをはらむことになるだろう。しかしどうしても、共通と同時に断絶を感じざるえない。同じ深層心理であっても、何百倍にも拡大されたそれは、もはや想像を絶することも事実。

重要なことは、こういう群集心理をうまくあやつることが、群集を支配する側の常套手段となってきたという歴史的事実である。我々人間がこのような心理から完全に抜け出さない限り、それは統制社会が民衆を掌握する有効な手法として使われ続けるのである。

文革の影響は計り知れない。時代が混乱し、経済的に大きく停滞しただけでなく、その時代に生きた人々の心に巨大なキズを残しただろう。現在の中国は 経済的に大きく成長している。やがて文革世代が引退する時期が来る。社会主義での新しい市場経済で育った世代が社会を担うようになってきている。しかし、 数年前の反日行動などに見られるように、中国人の命令一下サッと集結できる異様な群衆心理傾向は変わらないのではないか。NHKスペシャルでやっていた「激流中国 民が官を訴える 〜土地をめぐる攻防〜」に見られるように、国家権力がいきなり個人の権利や未来を奪いとるという事態は、今も無くなったわけではない。

P108で語られる著者の次の言葉が胸につき刺さった。

人が人であるかぎり、集団から完全に抜け出すことはできない。文明の発展とは、社会における個体の配列と組み合わせを、より理想に近づけることにすぎな い。人の群れから排除される恐怖は、人類の根源的な恐怖だ。いまだにこのような恐怖が深刻だからこそ、中国ではそれがもっとも根源的な恐怖となってしま う。
一人一人の利益や権利が国家を通してのみ実現される制度とは、要するに、個人のすべてが国家の恩恵としか見なされないということだ。就職や住居、移動や教 育、そして出産から結婚にいたるまでのすべてに、国家が決定権をもっている。そのような社会で恩恵を放棄することは、生存そのものを放棄するに等しい。つ まり、何が何でもこの社会に残る以外に選択の余地はないのだ。
.............................................

私が他の記事で言っている「群れから外されることへの恐れ」を利用した「群衆による個人への洗脳行為」というのは、まさにこういうことである。

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コメント

日本の軍国主義と中国の文革は全然違うと思いますね。
基本的に日本は人間としての当たり前の倫理観は保っていたと思います。
教育勅語だって、読んでみれば「親を大切にしなさい。友を大切にしなさい」という教えですし。
中国のは「親を思うより毛主席を思え」ですから。

ともかく、中国の共産主義を賛美していた日本の左翼は狂ってるとしかいいようがありません。

左翼系は日本軍の残虐さばかり強調するわけですが、議論の終わらぬ南京のことは横に置くとしても、けっして軍のプロパガンダではない報道として、例えば進軍先の中国の子供たちに自分達のわずかな食糧を分けてやる兵隊の写真が残っていたり、在日韓国人の将校が存在したとか、一面的に捉えられない要素がありますよね。
日本にはまだ、中国ほど完全にイデオロギーが人の上に立ったという経験が無いのではないでしょうか。

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