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2008-02-23

うたごえ運動はきらいだ

つまらん記事を書いてみたい。理論的な話にはしにくい、感覚的なことだ。でも、共産党員の多い大学や職場にいたことのある人、現在そういうところにいる人で、そこはかとなくこういう疑問や気持ちを持っている人はいるのではないだろうか。
つまり、率直に言って....

僕は「うたごえ運動」は嫌いだ!

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僕は音楽なしでは生きられない、No Music No Life な人間だ。なんせ僕の部屋にはCDが3000枚以上ある。演歌以外は何でも聞く(坂本冬美はたまに聞くけどw)。嫁には服買う金ないからCDの服を着てろ!と悪口たたかれてる。

僕が中学・高校生だったころは、洋楽の黄金期70年代。中学時代のヒットチャートには、サイモンとガーファンクル、カーペンターズ、アメリカ、そのうちクイーンが出てきた。10位からトップまで今でも有名な人達が並んでいた。高校になると、プログレッシブ・ロックとツェッペリンとジミヘンを聞きまくった。高校の美術部の2年先輩に前田さんというJazz狂いの方が居て、よくJazz喫茶に連れていってもらい、やがて僕もJazzに傾倒した。前田先輩はJazzピアニストのマッコイ・タイナーのアルバムをいつも小脇に抱えていた。いつも勉強よりピアノの練習をしていた。僕がいいかげんでてきと~な素人ブロックコードをピアノの低音部で弾くと、前田さんがそのいいかげんなコードの上でアドリブしてくれた。楽しかった。ひょろっとした独特の面白い人だった。彼は今、「ピアニカ前田」という名前でプロの音楽家をやっている。知ってる人は知ってるだろう。彼の音楽仲間には、アコーディオニストcobaが居るようだ。

そんな音楽歴の僕が、ある福祉系の大学に入った時、まわりは陽水とかかぐや姫とかオフコースとか聞く人が多かった。僕はすごく違和感があり、こと好きな音楽ジャンルについては浮いていた。しかし一般的に、はやっていた音楽はまだよかったのである。僕だって陽水とかは好きな曲もあったし。

問題はここから...。聞いたこともねえフォークシンガーを大学に呼んで、ミニコンサートやりはじめた連中とつきあいができちまった。「横井○○子? 誰だそれ?」という僕に、「あんたマジで知らないの?」と民青の連中が言う。だって本人の顔見たって、歌聞いたって知らねえもんは知らねえョ!

大学では、サークルにしても民青・共産党にしても、いわゆる「うたごえ運動」でよく歌われるうたがメインだった。新入生歓迎会、サークルの飲み会、いろんな決起集会、しょっちゅう出てくるそれら「うたごえ」にいつも違和感を覚えながら、しかたなく歌っていた。

ある日、音楽雑誌で、YMOを結成して間もない頃の坂本龍一がこんなことを言っていた。

「芸術にイデオロギーや運動を結びつけるのは最低です。例えばフォークゲリラなんて唾棄すべきものです。」

僕もそう思う。美術をやり、無類の音楽好きとなった僕は、あのころからこう思うようになった。

「社会主義は芸術・文化の破壊者ではないのだろうか?」

実際歴史的に見ても、社会主義の体制側からは優れた芸術は生まれていない。生まれるとすれば、ソルジェニーツィンのように反体制側からである。

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少し前に大学時代の同級生の集まりがあった。集まりを準備したメンバーの努力が実のって素晴しい会合だった。ただ....、

共産党員が多かった。

県会議員、赤旗の記者、民医連の幹部、どっかの施設の所長....、みんな「あの世界」のエライさんになったんだネェ。またもこの後におよんで僕には違和感がつきまとった。

2次会でカラオケに行き、最後に大部屋であの「うたごえ運動」の歌を歌うことになった。民医連の職員をやっている人たちからでさえ「え〜?ここでそんなうた歌うの?」との声があがったが、強引に歌詞がコールされはじめた。

「インターナショナル」... いまさら...もうインターなんてとっくにないしな〜。天国の野坂さ〜ん、お元気ですか〜

「地底のうた」...もういいだろ!荒木栄とかさ。(今どきの若い人達へ、これ「ちていのうた」じゃなくて「じぞこのうた」って読むんだヨ)

荒木栄と言えば、もひとつあった。

「この勝利ひびけとどろけ」...知らない今の人達のために3番の歌詞をちょっと見てみる。

飛び立てぬ百のジェット機姿隠す戦争の手先
  板付は包囲された
  アメリカは包囲された
      南ベトナムへ南朝鮮へこの勝利ひびけとどろけ

この歌が作られた当時は、朝鮮戦争集結から10年もたっていないし、ベトナム戦争まっただなか。南ベトナムとか南朝鮮とかが、アメリカが作った米帝傀儡政権のイメージを持っている時代であったはず。その頃なら、まだこの歌詞には意味もあったかもしれぬ。

家へ帰ってから、やはり現在では離党している妻(家内は大学の同級生)が言った。

あの「この勝利ひびけとどろけ」って歌さ〜、1962年の板付基地拡張を阻止した勝利の闘いの歌だったわよね〜。そして笑いながら言った。

「今の時代に"南ベトナム"はまだしも、"南朝鮮へ"はまずいんじゃないの? まるで北朝鮮擁護のうたに聞こえるじゃないの。私は歌わなかったワ。」

「うたごえ」に「運動」を付けると、「経営」の頭に「民主」と付けるのと似たようなきもちわるさがある。「社会主義」にムリから「科学的」と付けるのと似ている。

僕もあのときのカラオケ部屋では、口パクでごまかした。時代の空気が読めない人達とのつきあいは辛い。どこか、イタイ感じのもんがあるよ。

今もやっぱり僕は

「うたごえ運動」は嫌いだ....。

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コメント

ご愁傷さまでした。
そういうときは、さりげなくtoiletに逃げるか、国歌斉唱ですよscissors
もちろん「君が代」ではございません。

その昔(20数年前!)、某大学では学園祭の季節などに、男声・混声の合唱団+歌声サークルで合同発表会やってましたけど、男声の連中には歌声系を露骨に嫌っているのがいましたね。
僕達は純粋に合唱を追及しているんだよ!それにひきかえ、君達は政治ガラミで不純だし、音楽性も低い!発表の場は欲しいけど、ホントは一緒にやりたくないんだよ、僕達は!~ま、そんな感じでしょうか。尤も男声にも妙なプライドを持った鼻持ちならない奴が少なくなかったですけど。
当時はフュージョン・パンク・テクノの時代ですから、ギターにアコーディオンで平和を歌う彼らはキャンパスで浮いてました。それでも果敢に、時には振りも交えて民謡なども披露していた彼等でしたが、90年頃にはキャンパスから姿を消したようです。

「うたごえ」に、み、みんようでござるか! (pig 恐!)

ひょっとして、誤解されちゃったかしら?
広辞苑にも載っている「国歌」の歌詞です。
これから関西ではイヤと言うほど耳にするはずですよ。

六甲颪に颯爽と 蒼天翔ける日輪の
青春の覇気うるわしく
輝く我が名ぞ阪神タイガース
おぉ おぉ おぉ おぉ 阪神タイガース
フレ フレ フレ フレ

闘志溌剌起つや今 熱血既に敵を衝く
獣王の意気高らかに
無敵の我等ぞ阪神タイガース
おぉ おぉ おぉ おぉ 阪神タイガース
フレ フレ フレ フレ

鉄腕強打幾千度び 鍛えてここに甲子園
勝利に燃ゆる栄冠は
輝く我等ぞ阪神タイガース
おぉ おぉ おぉ おぉ 阪神タイガース
フレ フレ フレ フレ


先日の記事で触れられていた方が、
シャツの背中に刺繍されないことを願います。

関西には常日頃からこれを「早よ国歌にせい!」 と「新しい歴史教科書をつくる会」よりも激しい口調でアオッておられる大学教授がおります。「マラソンで言うたら巨人は阪神のペースメーカーや〜。最後はいつも落ちていきよる。」の御発言で有名な、すーちゃんもきっと御存じあの「國定浩一」氏です。関西人のカガミでんな〜。

>「うたごえ」に、み、みんようでござるか! ( 恐!)

「歌声」じゃなく、「うたごえ」でしたね。失礼しました。
最初は私もビックリしました。ソビエト民謡じゃなく「北海・・節」みたいなやつですからね。ちょっと引きますよ。
でも彼らは日本と日本民族を愛する人たちですから・・・punch

ではまた。

こんばんは。

「歌ってマルクス 踊ってレーニン」と馬鹿にされたスタイルですが、カラオケよりもマシと
思ってしまいます。

以前、三沢に住んでいて、カラオケによく行ったのですが、米兵さんが来ると「英語でうたごえ」になってしまいました。

あ、理由があって日立闘争歌である「たんぽぽ」を暗唱できなくてはなりません。

TAMO2さん、こんばんわ。よくキンピーではお言葉拝見させていただいてます。小生の体のどこかにはインターが染み込んでるらしく、たまにメロディーが浮かんでは「あ、唱ってしまった」と後悔します。でも日本の「うたごえ」の曲に比べると良い曲だなとつい思ってしまったり。

うたごえや共産党、それは全員一致でなければ気が済まない集団。カンパが当たり前と思っている「搾取は許さないぞ~」と貧しい者から、なけなしの金を取ってありがとうも言わない集団。それで運動を離れた者には口もきかず、すれ違っても横を向く排他集団。仲間がどうのこうの・・・よく言うよ。うたごえや共産党(そしてそのご親戚団体)は民主主義を小さい頃から身につけた若者には見向きもされない。当然!

古い記事へのコメントありがとさんです。

「うたごえ運動」で検索すると、いつのまにかこの記事が上位に入るようになってきて、まわりの記事と違ったシラケタ空気を放っていますw

昨年も「すれ違っても横を向く排他集団」の一人が大阪に来て、「久しぶりに『歌声喫茶』に行きた〜い!」とほざいたとかw 「んなもんまだあったんかーーー!w(゚o゚)w」が私の感想でした(爆)

kiroro「未来へ」とか松浦亜弥「笑顔」は唄っちゃいけないの?
共産党のポリシーに合わなければ「私たちは俺たちは」(国労組合歌)とか「自衛隊に入ろう」は唄っちゃいけないの?
ロシア民謡は歌うくせに、米英の反戦歌は唄っちゃいけないの?
おかしいよ「うたごえ」。

「うたごえ」に決定的に欠けているもの、ギャグとか皮肉とか悪ふざけ。
その点、過去の偉大なミュージシャンはすごいですよね。

ベトナム戦争への批判としてのこれとか
The Star Spangled Banner - Jimi Hendrix

あと清志郎先生の「あこがれの北朝鮮」なんかもいい感じ。
「北朝鮮で遊ぼう〜」
「海辺にいると拉致して連れて行ってくれるよ」
でも....「いつかきっと仲良くなれる世界が来るさ~note


君が代歌って涙する坂本龍一 リッパナ政治家じゃん

東京でも、公園で、軒先で、早起き鳥は、
午前5時以前に聞こえます。
「地域猫」を見るたびに思う。
トラとライオン、「ネコ科」同士で、日本シリーズに行こうね!?

うたごえは大学の頃よく聴きました。その頃の自分の気持ちにあっていたので、一緒に歌ったりしました。べつに、民青とか共産党とか考えなかったです。今の時代には合わないものもあるのですが、時々口ずさむこともあります。ベートーベンがフランス革命後の新興ブルジョアジーの気分を担っていたように、音楽も結果として社会とは切り離せないと思います。今はクラプトンやジェフ・べっくの曲をギターで弾いて楽しんでいますが、うたごえの曲もそれはそれでいいんじゃないですか。

まあ、言いたいことはよく分かりました。それに、民青・共産党アレルギー心理の深さも。
で、思ったのですが、音楽をイデオロギーと切り離すべきだという心情は、まあ、一方のイデオロギーだけが嫌い、ということなんだな、ということでした。
大衆的に歌われる歌は、その時代と階層のイデオロギーの反映そのものだと私は思っています。特攻隊が煽動された頃は「同期の桜」がもてはやされたように。そんな中でも、庶民の間では、「ここはお国の何百里・・・」とか「雪の進軍氷を踏んで・・・」とか、なんでこんな戦場に送り込まれたのか、と恨みつらみを歌う歌も盛んに歌われました。
荒木栄に代表された労働歌、革命歌は、そういう人たちの心情を表わしていた分、闘う人々にとってテンションの高い歌だったと思います。
そういう心情が嫌いなのは、つまり、闘う労働者の姿に同調できないという気持ちの表れでしょう。
オレだけは、「こんな連中」と一緒になりたくない、と。
まあ、まがりなりにも、8時間労働制とか有給休暇制度とかが、どのようにして勝ち取られたのか、その歴史を振り返ってみればいいんじゃないの?というふうに思います。

大好きな音楽聞くのに「8時間労働制」とか「有給休暇制度とか」考えます???
そんなこと考えたら曲への理解が深まるのかい???
オレもロックとか大好きだけど、音楽ホントに好きな人はみんなきっとそんなこと考えねーよw
音楽の話なのに「闘う労働者の姿...」とかむりに頭で考えてっから、こんな記事書かれんだよ。

 私は61年前、大学でうたごえコーラスを創って指揮者なんぞをやっていました。
1961年ごろから一党派の色彩が洪水のように多くのうたごえコーラスを侵食してゆき、政治性のない音楽など社会変革とは無縁だという風潮は、音楽大好き人間を疎外してゆきました。
 町の合唱団から、その政治臭に失望して去って行った人たちの多くは、世間にモノ申すことと芸術的価値とを混同する狭量さに幻滅し失望したようです。
 人間は考える。その時の心情を詩にしたり曲にしたりすることは当然ありうると。しかしスターリンのお気に入り、ジュダーノフが「社会主義社会に貢献しない芸術など価値はない」といって多くの芸術家をシベリア送りした過去を想起すると、政治的であろうがなかろうが、好き嫌いの問題を政治的立場で適不適と云々する愚かさは明らかだ。

最近ほとんど記事を書いてなくて、ろくに自分のブログも見ていませんでした。でも、ずいぶん前の記事にこうして、ほんとに久しぶりにコメントいただいて、それだけでもありがたいのに、また書かれた内容が記事とぴったり噛み合った濃い事を書いていただいてるのでびっくり。めったにコメント返ししないのですが、今日はうれしくなって書きましたw
僕はクラシックではマーラ大好きで、その影響の強いショスタコービッチの第五の第3楽章が特に好きです。前衛的であるがために反体制のレッテルを貼られた第4番から名誉回復したとされる第5番は、いかにも「革命だぞ〜!」的な第4楽章の冒頭があまりにも有名ですが、むしろ目立たない第3楽章が実は後にジュダーノフ批判にさらされる運命の、彼の深ウツな心情を映しているようで、そこがまたすごく大好きなのでした。
いやそれにしても久しぶりにジュダーノフ批判を知っている方に会えました。ありがとうございます。

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