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2008-08-26

80年のモスクワ五輪に似ている

またまた疲れるマスゲームに終わった北京五輪。産経朝刊に古森義久氏のこんな記事が。さっそく古森氏のブログに載っていたのでリンクする。

「スポーツを政治から切り離せるというのは酸素を空気から切り離せると宣言するに等しい」と述べたのは、東京五輪での米国選手団主将で後に上院議員となるビル・ブラッドレー氏だったが、北京五輪の政治的意味は深遠である。

ビル・ブラッドレーはたしかFSX計画に賛成していろいろあった人物。そのことについては去年の今ごろに書かれた詳しい記事(2つの顔のアメリカ:イザ!)もあるが、まあそれはさておき、この言葉はなかなか言えてるし、古森氏の記事も賛同できる。

独裁主義の新時代の到来か」との英フィナンシャル・タイムズ紙の論評も言い得て妙。五輪の真最中に、チベット人の「高度な自治」を求める平和的なデモを、またもや武装警察が弾圧していたと聞いては、あまりに表の顔と裏の顔が違い過ぎてあきれかえる。

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皆さん御存じのように、中国はこの大会金メダルの獲得数が最高だった。しかしその背景には国策として育て上げられた選手たちの姿がある。そういうやりかたが旧ソ連や東欧共産圏の社会主義スポーツ政策にそっくりで、中国内から見れば、スポーツの大衆化がいっこうに進んでいないという指摘は興味深い。見た目は全国民に支援されているように見えながら、それも外見にすぎないということか。

  だが中国当局は競技の場での国民によるナショナリズムの情緒的な露出をもがっちりと抑えた。
■民族意識も管理
  「ナショナリズムの表明をも管理した政府の成功こそ五輪主催が中国の政治力学を基本的に変形させる動因とはならないことの証明」だとする米国デンバー大学米中協力センターの趙穂生所長の見解は、中国共産党の独裁統治メカニズムの効率と威力を強調する。
  中国選手が金メダル争奪戦で世界を制覇したことも、期せずして中国の非民主的な全体主義の国家構造を強烈に印象づけた。
  すべての選手が一般社会のスポーツからは遊離した国家管理下のエリートだという共産主義のソ連型システムである。
  米国の元陸上競技代表選手でいまは学者として中国に滞在するスーザン・ブラウネルさんは「この国家管理制度がスポーツの大衆化を阻み、ひいては社会の改革を遅らせている」と論評した。

しかし別の視点で見ると、今回の五輪で中国の"大衆"というものについて、またも大きな違和感を感じた。スポーツが大衆化されていかないとされながら、ハードルで棄権した劉翔をネットで「非国民」「逃亡兵」呼ばわりする中国社会は、今だ文革期のような衆愚の恐ろしさを残している。そういう意味でのグロテスクな「大衆化」はあいかわらずだった。

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個人的には、CGだとか女の子の口パクのことはどうでもよかったが、そんなことにも批判が来るというのは、オリンピックそのものが全体的に「偽装」されている匂いがするからだろう。もっとも僕には、あの女の子だけでなく、オリンピックのシンボルソングをギリシャ語で唱った聖歌隊みたいな子供たちや、閉会式の中国美女シンガーたちも、みな口パクに見えるんだけど....。

中国人の応援マナーは劇的に改善されたと報じるメディアもあったが、現地に行った人の話では、マナーを守っていたのは政府が動員した黄色いシャツの“ボランティア”応援団だけ。例えばオグシオの試合では、その前に行われた女子ダブルス準々決勝。末綱・前田組が、世界ランク1位で第1シードの中国組を下す金星を挙げたので、その報復として、中国人応援団が大挙してオグシオ2人に大ブーイングをしたそうだ。

中国選手がスマッシュを打つたびに、中国人の大応援団から、「シャーッ!シャーッ!」という敵を威嚇する声が浴びせかけられたとか。「シャーッ!」に漢字を当てると「殺!」。中国側は、スマッシュの時のかけ声「扣殺(コーシャー)!」の語尾だと言うが、雰囲気的には会場の中国人が一丸となって「殺せ!殺せ!」の大合唱をしていたイメージ。思わず韓国での聖火リレーの際、チベット・サポーターを中国人たちがホテルのロビーで取り囲んだ事件を思い出した。

当初は「中国の応援は気にならなかった」といっていた潮田だが帰り際に内容を聞いて「怖いです。怖いです」と何度 も口にして震えていた。小椋は「最後は完全に飲まれてしまいました」と話し「この4年間バドミントンをたくさんの人たちに見てもらいたくて一生懸命やって きました。相手への対策もきちんとしてきたのに残念です」と五輪を終え、うつむいた。(「“太陽”オグシオ夢散…「殺!殺!」報復応援に萎縮」ZAKZAK)

その他、女子サッカーの対中国戦では、日本人サポーターが日の丸を奪われたという話しもある(日の丸投げ捨て、小競り合いも…女子サッカー中国戦(読売新聞:2008年8月16日01時02分))。そもそも政府御用達の黄色い応援団自体がおかしかったという話もある。実際イギリスのメディアなどは、今回のこの“ボランティア”応援団に批判的(英国メディア「偽装五輪」と中国批判 (日刊スポーツ:2008年8月15日8時5分))。黄色い応援団は、空席が目立つ応援席を埋めるために動員されたり、海外の記者に、中国を応援するよう求めたりしていたらしい。

まあいろいろと話題は尽きない五輪だったが、早い話が、以前に比べて良くなったとされた中国人の「マナー」自体が偽装であったということか。

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オリンピック前から、新疆ウイグル自治区などでのテロ活動のニュースも後を断たなかった。

ウイグル独立派組織「東トルキスタン解放組織(ETLO)」というテロ組織が、北京五輪破壊を呼びかけるテロ予告を出していたとして、中国当局は過剰と言っていい警備体制を敷いた。イスラム系組織「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」が様々なテロ事件に関与しているとされ、ETLOは共闘していると中国政府は主張している。

ヨーロッパのメディアでは、この新疆ウイグル自治区の問題をかなり取り上げていたらしいが、日本のメディアは、チベット問題ほどには大きく報道しなかった。その理由は、タリバンなどのイスラム過激派が背後に居る可能性があり、中国政府に批判的な報道をしようにも、慎重にならざる得ないところがあるということらしい。

しかし、そういう自主規制をかけることで逆に中国政府がこの新疆ウイグル自治区にやってきた愚劣な行為を、隠してしまうことにもなるのではないか。例えば初めて読んだとき、ちょっと信じ難かったが、最初に引用した古森義久氏のブログの2007年11月の記事にこういうのがある。

実際中国はこうして少数民族の「同化政策」を着々と進めているのである。少数民族とその文化の破壊者、中国共産党!  今日の記事の古森氏の次の言葉に希望すら抱いてしまった。

その意味では北京五輪は旧ソ連がその後、勢いを強め、だがやがては孤立を深め、内部の分裂をも起こしていった80年のモスクワ五輪との歴史的類似をもつい連想させるのである。

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