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2008-08-23

『ルポ貧困大国アメリカ』 堤 未果 (著)

3115lhwokql_ss500_ 今年1月に発売されていらい、かなり売れているらしい。私が買った4月で10刷に入っていたので相当だろう。お気楽日本人のアメリカ社会への幻想を、粉々に打ち砕く驚愕のレポート。

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著者の堤未果さんは、米国野村證券に勤務中、9.11同時多発テロに遭遇。それをきっかけにジャーナリストに転身し、2006年黒田清・日本ジャーナリスト会議新人賞を受賞した才人だそうだ。崩壊してゆくアメリカ社会の衝撃的な現実を、心の奥に届く分かりやすい文章で解説してくれる。

「貧困家庭の肥満児」

最初に出てくる食料交換クーポン「フードスタンプ」。アメリカ国勢調査局が定義する貧困ラインの家庭に配給されるらしい。ニューヨークに暮らす190万の児童の内、25%が貧困児童となっているとか。朝食もまともに食べさせられない親たちにとって、この給食プログラムは命綱。しかしそのメニューたるや....。

P16〜17に載っている学校給食のメニューを、うちの子どもが通う学校のメニューと比べてみた。

チョコチップ・マフィンとかブルーベリー・ワッフルとか何だヨ!七面鳥のソース掛けとかって、毎日がXマスでもあるまいし。ハンバーガー、ピザ、マカロニ&チーズ、フライドチキン、ホットドッグなどなど、完全にファースト・フード&コンビニ食じゃん。甘ったるいお菓子と栄養価の低いジャンクフードばかり。子どもの健康など全く考慮しないメニューに唖然。昔は貧しい家の子供は皆痩せていた。一見ありがたそうなこの食料交換クーポンは、「貧困家庭の肥満児」という、昔とは違う現象を増産している。今やアメリカの学校給食は、マクドナルドやピザハットなどのファースト・フード資本にとって、格好の巨大市場となった。背後には、米政府による学校援助予算の削減政策がある。給食にまで市場原理主義が浸透してゆくわけだ。

崩れゆく「富める国アメリカ」のイメージ

高度成長期に子供であった我々がイメージしたアメリカは、プールと広い庭付きの大きな一戸建て、カジュアルな服装の夫婦と子どもが笑っている姿。時代を経てそれは、シリコンバレーやニューヨークのカッコいいビジネスマンのイメージに置き換わっていったけれど、憧れや目標であったには違いない。でもそんなものは、アメリカ資本に植え付けられた幻想だったのだろう。

BRICsがいくら強くなったと言っても、2007時点ではまだGDPの第一位はアメリカ、二位が日本であった。

数字だけで見るとアメリカはまだまだ貧困な国ではない。だから格差と格差をつくり出す社会の構造が問題だ。アメリカという国は実に不思議。一部にビルゲイツのような世界的富豪が居ながら、医療サービスレベルは世界37位。乳幼児死亡率43位。ヒラリーの政策の目玉が皆保健制度であったように、医療政策は日本よりずっと遅れている。僕がよく見るTVの「仰天ニュース」では、頭に釘が刺さったのに、医療費が高いからと救急車を呼ぶのをためらう夫婦が出てくる。日本でも医療費や種々の健康保険料は高くなってきているが、いくらなんでもそこは迷わず救急車でしょうと笑って見ている。でもサブプライムで家を追われて車上生活者となったような人達には、全く笑いごとではないだろう。

ブッシュ政権の下、教育、福祉、医療といった、人の将来、命や健康に関わる分野の公的サービスが優先的に削られていく。「民営化」推進政策が大企業を潤わせる一方で、中間層は貧困層に転落し、もともとの貧困層は無慈悲に切捨てられる。

アメリカでは、医療保健は個人か会社が単独で保健会社と契約するらしい。会社で働くサラリーマンが、何らかの病気で入院しました。治療してみると、これが思ったより重度の疾患で、退院後も高額の治療費がかかるとなると、企業はその人の保険料を払いたくないので、職場復帰させないのだとか。これでは何のための保険なんだろうか。医療に企業の利益優先論理が組み込まれたらどうなるかのいい見本だ。

本書が具体的な数字を上げる。

出産の入院費用の平均値 15,000ドル(150万円)
盲腸の一日当たり入院費用 12,000ドル(120万円)
脳卒中の一日当たり入院費用 10,000ドル(100万円)
    平均入院日数7日間で....。

思わず叫びたくなる。「冗談だろ!こんな医療費払えるかよ!」と。

最近は、大統領予備選挙の結果にアメリカの各地方の人種構成比率がどう影響するかという話題がよくニュースで流れる。実際アメリカの人種別人口構成比は将来大きく変わるというデータもある(「米国の白人、2042年には少数派に 米国勢調査局」 (AFP:2008年08月15日))。もちろん昔からの黒人差別が無くなったわけではない。しかし、黒人だけでなくヒスパニック系も多い地域では、居住人口のうち白人の比率が6割とか半分といった州もある。「人種差別」という言葉の実態も大きく変わりつつある。

差別を理由付けるために使われてきた指標。出身国、人種、宗教、性別などといった分類はいったん混ぜ合わせられ、富者と貧困という二極化する格差構造に組み込まれていく。目に見えない巨大で無慈悲なマーケットが肥え太るために、格差は栄養として絶えずつぎこまれる。まるでかつてピンクフロイドが「アニマル」や「ザ・ウォール」で描いた世界のようだ。「弱者」である羊ばかりが狙われ、人間らしく生きるための生存権を奪われた挙げ句、巨大な豚に喰われて使い捨てにされていく世界。アメリカの底辺にあるのは、無力な人々を知らないうちに呑み込む「暴走型市場原理」。ブッシュ政権の第一予算局長が言ったらしい。「政府の仕事は、国民にサービスを提供することではなく、効率よく金が回るようなシステムを作り上げることだ」と。

民営化され、効率と収益を要求されていく戦争遂行のシステム

本書を読んで思い出したが、マイケル・ムーアの「華氏 911」の後半では、イラク戦争に駆り出される若者達の大半が貧困層の子供達であることが糾弾されていた。彼らは、黒人やラテンアメリカ系の移民の子、あるいは貧困層に転落した白人家庭の出身である。この本の最後の章では、その「華氏 911」の続きを見るような、悲惨な実態が描かれていく。

直接戦地に赴く兵士だけではない。戦争遂行のシステムを背後で維持し支えるためには、兵士の食料調達やその他の物流などを中心業務とする多くの民間人スタッフが必要になる。そこに役員を通して政府と結び付いた民間企業の入り込む世界がある。戦争はついに、グローバル市場で最も効率よく利益を生み出す、国家レベルの「貧困ビジネス」となった。兵士の補給ですら、もはや大学や高校を卒業する若者(男女問わず!)を狙った、軍と提携する人材派遣業務と化する。イラク戦争では、もう徴兵制はいらないとまで言われたとか。

派遣会社が戦地用のトラックの運転手を雇う。高い報酬に貧困層の男が飛びつく。契約内容には「もしもの場合は遺体を本国に運ぶことはできない。会社が現地で処理する」と書かれている。契約では配置先はクウェートだったが、行かされたのはバグダッド。いやなら自分で旅費だして帰れ。なんなら任務契約違反で訴えるぞとか、もうめちゃくちゃ。また州兵として米在住の日本人も参加しているという事実に驚く。

民間企業を介して経済的動機から戦争に関わることは、愛国心や国際貢献とは捉えられず、戦死しても英雄とは呼ばれない。派遣会社に雇われて、生活費のために戦地で勤務した人が死亡する。あるいは、死なずにすんだとしても、劣化ウランがらみの病気になり、治療を受けに母国に帰った後は、高額の医療費のために戦地に赴く前よりも貧困になっていく。それらは全て、「自己責任」として処理され、忘れられ、記録にも残らない。

新自由主義=市場原理主義といいながら、今日ほど国家独占資本による統制が強まっている時代はない、とスラヴォイ・ジジェクが言っていた。「自由」という言葉がこれほど裏腹に嘘まみれで使われている時代はない。

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