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2008-08-06

「松本サリン事件」被害者、河野澄子さん死去

数々の驚愕の事件を引き起こしたオウム真理教。「松本サリン事件」はその一連の事件の中で、表面的には端緒のニュースであったと思う。第一通報者であり自分も妻も被害者であった河野義行さんが、事件直後犯人扱いされ、警察とマスコミに追われたこと、その後地下鉄サリン事件が起き、オウムの犯行とわかってやっと真相解明への道が始まったこと、それらは多くの日本人が知っている。

しかし、河野さん自身と奥さん、子供たちが、事件の喧騒の影でどれほどの苦しみを背負ってきたのかということを、我々がどれほど知っていたのだろうか?

今日、その河野さんの奥さんが亡くなられた。これもまた忘れてはいけないことのように思えるので、記しておきたい。

「わが家にとっての松本サリン事件の終わる日というのは、妻が治った日、あるいは死んだ日。ですから松本サリン事件は、これで終わった日になる。そんな 位置付けになると思う」。河野義行さんは5日午後、長野県松本市の自宅前で報道陣の取材に応じ、妻、澄子さんの死去にふれて、こう語った。

TVのニュースでは、河野さんが奥さんを抱えて山あいの道に連れて行く様子が映されていた。よく散歩に行った思い出の場所なのだそうだ。奥さんを抱えて車いすにのせる河野さんは息を切らしていたが、奥さんが喜びからか声を出していたことをとてもうれしそうに、「今声が出たネ」と叫んでいたのが印象に残った。

直接の死因は、サリン中毒による低酸素脳症が原因の呼吸不全。長野県松本市内の病院で亡くなられたそうだ。河野義行さんは現在58才、妻の澄子(すみこ)さんは60歳だった。澄子さんは「松本サリン事件」で心肺停止状態になった。一命はとりとめたものの、脳に重度の障害が残り寝たきりとなった。松本市内の施設で療養生活を送っていたが、6月11日に容体が悪化。病院に救急搬送されていたという。奥さんを看病し続けたこの14年が、家族にとってどれほど大変な日々だったか、多少とも障害者と生活した経験のある者としては、今日はいろいろと考えさせられた。

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「松本サリン事件」は、1994年6月27日の夜発生した。付近の住民7人が死亡、144人が重軽症を負った。当初、サリンが原因とは断定されなかった。近くで犬が死んでいたとか植物が枯れていたというような情報があったらしいが、警察がなぜ短絡的に河野さんを容疑者扱いしたのか、明確な理由が明らかにされていないのが恐ろしい。たまたま薬品を扱っていたからといって、それが証拠と言われたものの、どこまでの真実か我々情報を与えられるだけの側には定かではない。今思えばそんな証拠もどこかで捏造されているのだろうと勘ぐりたくもなる。

が、しかしあの時は結局、第一 通報者であった河野さんの自宅が有毒ガスの発生源とみなされ、長野県警は河野さんから事情聴取を開始、殺人容疑で自宅も家宅捜索した。その後オウムの犯行とわかり、なぜこのような誤捜査が起こったのか真相解明が求められ、河野さんも相当尽力された。しかし特に警察は、被害者を容疑者扱いしたことへのまともな原因究明をしたようには見えなかった。この事件は、報道を見る我々にとってはむしろ、犯罪被害者への支援の無さや、警察の事件捜査のあり方、マスコミの報道のおかしさを浮き彫りにしたできごととなった。これらの問題点は、今も本質的解決がされたとはとても思えない。

その頃、「カメラやペンであなたたちは私を何度も殺した。その意味では重大な捜査ミスを犯した警察と同罪ですよ」とマスコミに向かって語った河野義行さんを、我々はTVや雑誌などで何度も見てきた。奥さんがサリンの後遺症で寝たきりであることも知ってはいたが...。

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河野さんは、7年も前から奥さんの遺影を用意していたそうだ。今年の6月には、担当医から「余命90日程度」と宣告されたという。それ以降、河野さんは「子どもたちも一人前に育った。後のことは何も心配は要らない」と、澄子さんに話し続けたそうである。

今日、奥さんのことをマスコミに報告した後、河野さんは「お話は以上ですので、後は家族だけの時間を下さい」と言って、カメラの前を去っていった。あいかわらず落ち着いたおとなしい印象のこの男性が、なぜ容疑者と扱われたのか、まったく不思議である。我々は事件のことや犯人探しについ目を奪われがちで、残された家族の苦労の日々が影にあったことを詳しく知らなかったが、しかし本当は、知らないでそのままそっとしておいてあげることも大切なことではないか。河野さんと奥さんやご家族は、ある意味、劇場型社会の犠牲者ではないのか。

あの時、警察に連行される河野さんを見て「犯人はこの人なのか」と、たとえ一時的にでも思った、私も含めた多くの日本人。そこにある野次馬的視線と、肝心の被害者への無関心。この対比が持つ問題は、今も我々の心に問われている課題だと思う。今日は、そんなことを考えさせられた。

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コメント

この事件は、自分が生まれる前の事件であまり知らないのですが、よくニュ―スでみます。そのたびあの時「事件の日」が、頭に浮かびます。亡くなられた方の遺族の方々には本当にかわいそうです。 自分は、本当に悔やんでます。

中国人ほどではないですが、日本人の群集心理も恐いです。ただこの事件では、警察やマスコミを疑って冷静に見ていた人もたくさん居たと思います。オウム事件以後に生まれた若い人達も増えてきているのですね。

河野さんは、実家の処分を持って、鹿児島市に転居されたそうです。何とも切ない話です。

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河野氏の妻澄子さん死去=松本サリン被害者−14年余意識不明・長野(時事通信) - goo ニュース 松本サリン事件の被害者河野澄子さん(60歳)がサリンの後遺症による低酸素脳症で逝去されました。 14年の及ぶ介護の結果でしたが薬石の効果及ばすお気の毒な事でした。 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。      合掌 これで死亡被害者は8名に及ぶそうです。 オウム真理教の一派が松本でサリンを撒いてから14年になるわけですね。 {/kaeru_shock1/} 当初は夫の河野義行氏が疑われ「自宅で農薬... [続きを読む]

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