« 連合会長、高木剛氏の「正論」寄稿文について | トップページ | 村上春樹のエルサレム賞受賞について »

2009-02-09

「正社員の雇用保障を弱め社会の二極化を防げ」 WEDGE 09/2月号 大竹文雄氏の論文

ある知り合いの人は、一般的に名の知れたある大手企業の総務部長である。彼が言うには、今の彼の地位では毎日出社しても、実質2~3時間しか仕事が無いとのこと。

実務は部下の若い社員にやらせ、自分は主に監督業。部下を効率的に使って仕事をさせること自体は、別に問題ではないどころか、管理職となれば求められる能 力。ただ会社で半日以上余暇のある彼は経営者ではない。終身雇用、年功序列などの日本的雇用形態がかなり崩れてきた昨今でも、大企業ではこんな労務分担関係が残っている。正社員たちを責めても仕方が無い。こうした非効率で固定化した雇用制度が、大企業にはまだありがちだという例である。

保険会社で財形貯蓄担当をしているある人は役所回りをしている。彼が曰く、役所の偉いさんにはこの手の半日労働な公務員が居るらしい。その保険会社の彼ははっきりと、その公務員たちは税金泥棒だと言っていた。こちらは責められるべきだろう。

雑誌WEDGE 09/2月号に載っている大竹文雄氏の論文、「正社員の雇用保障を弱め社会の二極化を防げ」が目にとまった。その他にも、「正社員の既得権にメスを入れよ」というテーマで、東大の水町勇一郎准教授などの記事が載っている。これらはみな高木剛氏の「正論」寄稿文と違って、具体的な法制度の問題に踏み込んだ提案である。

現在の雇用保障制度の問題は、大竹氏の文の次の部分に表現されていると思う。

日本の労働法は、もともと契約自由の原則で書かれていたため、法律の文面では、解雇は自由となっていた。そのため、解雇規制は、権利濫用法理として司法の場で形作られてきた。60年代から徐々に判例が積み上げられ、70年代のオイルショックで整理解雇事例が多発し、解雇のための条件が明確化されていった。いわゆる「解雇法理の4要件」である。
つまり、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の妥当性、④手続きの相当性という4要件が満たされれば、合理的な理由として認められ、解雇権濫用に当たらないとされる。特に②の解雇回避努力の中には、非正規雇用の削減や新卒採用の停止が含まれており、今回のような不況期にはまず「非正規切り」を実施することが司法サイドからも要請されているわけである。

この文面については、大竹氏自身が「労働に関する法規制という言葉と労働法をあまり区別せず使っている上に、単純化しすぎていたため、法律の専門家の皆さんには混乱を招く表現だった」として、高原正之氏からの修正案をブログに載せているようなので、読んでおくと理解が深まるかもしれない。(WEDGE論説の解雇規制に関する説明

雑誌上の文面でも読めばわかる点だが、大竹氏は別段正社員への解雇規制を撤廃せよなどと言っているわけではない。また、これは私の個人的な読みだが、ここで言う正社員とは、現実の正社員よりもっと狭めた枠で捉えられる層だと思う。実際司法の場で解雇規制で守られている層というのは、法の理論上は現実の正社員全てであろうが、実際には大手組合の力を背後に置ける一部の人々であろう。現実には、労働者の3分の1が非正規と言われる場合の、残り3分の2を指してはいないと思う。したがって大竹氏の文章の正社員が意味するものを、例えば非正規などと比較した場合に、ある程度の既得権を有する層として受け取った(以下同)。

正社員保護中心主義で築かれてきた日本の雇用保障制度は、70年代のインフレ期のように、名目賃金を下げずに維持するだけで実質賃金を大幅に下げることができた時代は、経済的にも社会的にも大きな問題にならなかった。しかし90年代以降のデフレ時代突入で、インフレを見込んだ実質賃金のカットが困難になる。ボーナスカット、成果主義に名を借りた賃金切り下げなど、いろんな労務費削減が横行するが、大手組合が力を持つ大企業では、大幅な賃下げはなかなか難しかった。

一方、判例によって司法サイドからも守られた解雇規制は残り続け、2003年には労基法が改定されたことでグレーゾーンも失われる片側では、正社員の採用縮小と並行して労働市場の規制緩和が進められた。

つまり、非正規雇用を雇用の調整弁と位置づけ、その増加をデフレ下の労務費削減ツールとすることで、正社員の解雇規制と賃金を守っていくという戦略に、経団連と連合の利害が一致したのだ。

現在のように、経済低迷のしわ寄せを多数の非正規労働者に負わせる社会の構造は、政官財一体というだけでなく、そこに司法も加わって作られたものだということだろうか。

この構造を打ち破って再構築していくために、大竹氏が提案しているのは、一種の「負のインセンティブ」と呼んでもいい方策だ。

例えば、「正社員の労務費削減を非正規社員削減の必要条件とする」あるいは、「非正社員を削減するのであれば、正社員も一定程度削減しなければならない」というルールを、立法措置によって導入することは直接的な手法となる。そうすれば、「非正規社員を切るな」という組合からの提案も出てくるであろうし、非正社員の雇用を守るため正社員の賃金カットに応じるかもしれない。企業の人材戦略も一変し、好景気に正社員の人数を絞ったまま一挙に大量の非正社員を雇用するということもなくなるであろう。

非正規労働者救済のためのセーフティーネットについても、その財源を消費税のようなものに頼らずに、税の再配分の仕組みを見直すことで提案している。

参考になるのは、年金のマクロスライド制だ。勤労者の可処分所得が下がれば、年金受給額をカットするマクロスライド制は、勤労者のことを考えなければ受給者の財布が傷むという効果をもたらす。これにならって、例えば、失業率(特に若年失業率としてもいい)があがれば所得税率が上がるといった、戻し税と逆の仕組みを導入すればよい。
 その税金を使って、非正規労働者に対するセーフティーネットを強化していく。雇用自体を作り出してもよいし、所得を再分配してもよい。失業率と税率が連動すれば、正社員が非正規雇用や若年者の失業率に関心を持たざるを得なくなる。

「正社員の既得権にメスを入れよ」というテーマを過激に捉えれば、迷惑な思想だと思い抵抗を感じる正社員も多いかもしれない。正社員を公務員と読み替えても、共通した問題があるので、大竹氏のような考え方には公務員の強い抵抗も考えられる。が、貧富の二極化した格差社会ではなく、中間層が厚い社会を構築せよという考え方であれば、基本的に同意できると思う。

私はこの大竹論文を、その使う言葉に拘らず意味を受け取りたい。大竹氏の文は、正社員と非正規の対立を煽るようなものでは無いと思う。

「メスを入れられるべき既得権を持つ正社員」とは、大企業の一部の人々と考えれば納得がいく。また、企業の解雇規制を取り上げた文なので公務員は含まれない話なのだが、「既得権を持つ人々」の中にさらに一部の公務員を含めれば意味が分かる。公務員は、大企業の一部の特権的正社員より、さらに解雇規制で守られている層だ。

自治体の公務員レベルでは、各所で4〜10%の賃金削減や昇給ストップが言われていて、不満を持っている人達も多いと思うが、今まで長引いてきた不況のさなかでも、その数年間公務員の多くは規定の昇給があった。一方、正社員と言っても、本当に現場で働く人達は、例えばトヨタに見られるように、残業なしや週2〜4日の自宅待機などといった悲惨な賃金状態だ。公務員の置かれた状況などまだまだマシもいいとこだろう。例年の経済誌の分野別企業別給与比較では、いつもTV業界と商社と公務員で上位を占める。日本の労働者は、中間層を失いつつあり、明らかに二極化してきていると思う。

雇用の二極化がもたらす社会の閉塞感や不安定化は、社会の未来に多大なコストを押し付けることになる。20才、30才台の若者たちの中に貧困層が増えることで、近く企業の中心となるべき人材層に空洞化が生じる。また彼らが高齢化した時、年金不払いなどによって貧困層が膨大に膨らみ、貧困が世襲され、世代間の不公平は固定化されてしまうだろう。それはマクロ的には日本の国の没落に違いない。

製造業派遣の原則禁止とかのような、すでに起きた問題を各個撃破するような「後ずけの規制強化」や、企業の内部留保を崩して雇用維持するなどの方法は、一見社会的正義の方向に見えるので受け入れやすいが、長期的には機械への代替や労務コストの安い海外移転などを引き起こし、結果的には大竹氏の言う「解雇規制強化の皮肉な結果」をもたらすのは間違いない。何よりもこの日本が資本主義国家だということを忘れては、善意の結果は裏目に出る。

« 連合会長、高木剛氏の「正論」寄稿文について | トップページ | 村上春樹のエルサレム賞受賞について »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/120253/43975703

この記事へのトラックバック一覧です: 「正社員の雇用保障を弱め社会の二極化を防げ」 WEDGE 09/2月号 大竹文雄氏の論文:

« 連合会長、高木剛氏の「正論」寄稿文について | トップページ | 村上春樹のエルサレム賞受賞について »

aBowman

別荘はこちら

  • Marbles2
    音楽、美術、映画、本など趣味的なページはここに移転しました。考えるのが面倒だったので、タイトルは単に2です。

ウェブページ

2018年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28      

mail

  • 82pkdick@gmail.com

最近のトラックバック

無料ブログはココログ