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2009-04-27

『電波利権』池田信夫(著)

41q8bnzbdnl_sl500_aa240_誰もが知るように日本のTVは新聞社と系列企業になっているが、 著者によれば、これは日本に特徴的な構造らしい。ただ系列企業だとは言え、ネットの影響もあっ て新聞の方は瀕死の状態にある。一方新聞に比べ、広告収入が減ったとは言えTV業界はあいかわらず何とかなってる感がある。その格差とねじれからか、フジTVと産経新聞が 離れつつあるといった現象も 出始めているが。

TV番組で最近よく見る、番組制作の経費削減でTV局も貧乏だとか、キー局の廊下の電気がついていないので暗いとかいったネタも、この不況 のさなかに自分達も例外では無いと言っておきたいTV局の言い訳だろうか。しかし比較の問題で言えば、TV局の正社員の給与は他業種に比べてまだまだ高 く、TV業界はまだまだ生き残ろうと内部留保wを貯めている。

新聞が落ち込むのは、買ってもらってはじめて成り立つ普通の商品売買によって成り立っているためだ。つまりそこには競争がある。それに比べてTV業界には健全な競争が無いということが、この本でよくわかった。戦後民放ができて何十年にもなるのに、キー局にも地方局にも合併や買収や倒産がほとんど起きていないという。地方ごとに割り当てられたエリアがあり、許認可制で成り立っているTV業界は、政治と結び付いた利権のかたまりである。

中央政府とキー局、およびそれらと自治体、地方局などの関係は、補助金によって中央集権的な依存構造に結びつけられている。地方のTV局が必ずどこかのキー局の系列となり、番組配給を受けている現実は、毎日TVをつけるたびに我々が目にするものだが、そこにはもはや何の疑問も抱かないほど、我々の感覚が馴らされてしまっている。TV局開設の免許も、県域免許制度という形を取っているそうだ。各県ごとに放送局を持つというその本来非効率なやりかたがまかり通っているのも、地方に地盤を持つ政治家にはそのほうが利用しやすいからだと言う。

本来誰のものでもない電波というものを、その性格ゆえに政府が管理し、割り当てる。頭の良かった田中角栄が、その許認可制を政治利用したことが始まり。参入者が少なかった時代に一度割り当てられた周波数を、既得権者が手放さなくてすむよう異業種からの新規参入を阻む構造が、政官とTV業界で作られてしまっているわけだ。

著者によれば、本来もっと有効利用できて携帯電話業界なども使えるはずのUHFは、官僚とTV業界の思惑もあって開放されず、携帯電話は1.5GHzあたりの帯域をMCAと呼ばれる運輸業用特殊無線と分け合っていると言う。MCAの利用者数は数10万人に対して、携帯電話のそれは数千万人。割り当てられた帯域幅の合計に大きな差は無く、結果的に我々ユーザーも、高い携帯料金という対価で、そんな政策のアンバランスの犠牲を強いられている。

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高速ブロードバンドで動画が見れる時代だ。TVの番組を全てデータ化して、時系列の番組表に縛られず、PCを通じていつでも好きな番組だけを、都合 のいい時間に見ることは技術的に可能なはず。最近のTVのように、一部を除いてくだらないものばかりになっているのであれば、月500円くらいの受信料を払うことになったとし ても、見たいものだけを見たい時間に見れる形のほうがいいと思う。アメリカではオンラインTVも増加しているらしい。しかしそのやりかたを徹底すれば、TVはネットに従属する営業形 態になるので、その方向に持っていくことにTV業界は消極的。NHKオンラインのようなものがすでに始まっているが、有料であったりして、オンラインTV を主たる位置ずけに据えるTV局は現れそうにない。

だからTVは生き残りを賭けて電波利権にしがみついている。ホリエモンや楽天のTV局買収に対する局の抵抗も、電波利権の視点から見れば単なるM&A劇ではない。ホリエモンや楽天の買収工作やその失敗のニュースを、他でもない当事者たるTVが放送しているという事実。口では新しい時代、ネットと融合した新型ビジネスモデルと言いながら、TV局はネットに飲まれることを望んでいない。彼らはこれからも、ずっといつまでも、番組表に基づいた時系列な放送形態を、特権的に守られた周波数の範囲で維持していきたいのだろう。そしてユーザーが自宅で行う番組のコピーの回数ですら、家電メーカーを通じて口を挟みたいのである。このインターネットの時代に、何と狭い発想だろうか。

TV業界と総務省主導で進められている現在の地デジ移行も、結局はUHF帯へのムリからの移行によって、同帯域への新規参入がしにくい構造が温存継続される狙いがあるとか。我々ユーザにとっては、別に受信機まで変えなきゃならないようなデジタル化は誰も望んでいないし、地上波でなく衛星デジタルでいいのである。すでにあるブロードバンド網で、中央からネット配信してくれれば十分で、それによって起きるだろう地方局の存在危機など、端から関心は無い。しかしそれではTV局の利権は崩れるので、TV局の配信システムに乗っかったケーブルTVはOKでも、番組のネット配信にはなんだかんだと屁理屈を付けてくるのである。

新聞とTVは必ずしも系列企業である必要は無く、TV局の種類は必ずしも今の数と形である必要は無い。国民の支持に媚びた2大政党政治が、政策的特徴を 失い対決点を明確にできなくなるように、特定TV局だけが生き残って視聴率だけで背比べしている現状には、あるべき競争の姿は無い。TV番組もニュースの 内容も、どのチャンネルつけても似たり寄ったりになる構造を、彼らは自分からつくり出しているのだろう。

視聴率だけでの番組比較は、PVの数でブログ記事の評判を計るようなもので、本当に視聴者に支持されているのか、それともバッシングによってアクセ スが上がっているのかの区別さえ分からないはずだ。そうした評価形式にいつまでもこだわるTV業界には、番組を見た視聴者の意見は本当には届かないし、視 たくなる良い番組を作ることにもつながらない。この前のNHKの台湾統治をめぐる偏向報道などが、こうしたTV業界と視聴者の解離をよく示していたのでは ないだろうか。

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その他NHKが世界に先行していたアナログ・ハイビジョンの商業的失敗や、デジタル・ハイビジョンを採用したアメリカの思惑なども、この本には話題満載。衛星通信を利用したデジタル・ハイビジョンという、広い帯域を必要とする方式に日本が追随した背景にも、既存のTV局数社による帯域占領によって、異業種の新規参入を阻もうとの日米業界の隠れた意図が一致したとか。

日本には高い技術力があっても、それを活かして産業として育てる力が弱い。そのことが今日、経済的低迷となって問われているが、背景には健全なる競争を阻んで利権に固執してきた政治と特定業界の「護送船団」方式がある。TV業界とは、その典型なのだ。前に医療や教育の世界には市場原理的な競争原理は合わないと書いたが、では市場原理は全て悪だとかいう論理も単純だと考えている。今の日本の社会には、まだまだ規制緩和によって健全なる競争を喚起すべき分野もあるのだ。それが無い世界によって、我々がいかにつまらない経費をチビチビと払わされていることか。ネットでよく見る、「新自由主義=市場原理主義=悪」「構造改革=市場原理主義」的な論調で考える人達には、ぜひ読んでもらいたい一冊だ。

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コメント

NHKのインチキ番組に対するささやかな反抗として、自分はこの機会に、
『台湾人と日本精神』 蔡 焜燦(著) (小学館文庫)
をコツコツ広めたいと思っています。
NHKが押し付ける「歴史」とは違う「歴史」もあります。
読みやすく、感動的な名著です。
お読みでなければ、ぜひ御一読を。

紹介頂いてありがとうございます。勉強不足でよく知らないのですが、件の本はアマゾンで見ると、小林よしのり氏が評価して評判になったという話。5つ星付けている方も多いし、私も時間を見つけて読んでみたいと思います。

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