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2009-05-14

ノーム・チョムスキー『メディア・コントロール—正義なき民主主義と国際社会』

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身近な人で比較的リベラルな考え方の人達に聞いても、ノーム・チョムスキーの名を知らない人は多い。わたし自身彼の名前に出会ったのは、40代も過ぎていた。それ以前から平和運動などに関わっていたのに、チョムスキーの名前を口にする人など、まわりに一人も居なかった。

しかも始めてチョムスキーの名前を知ったのは、平和運動や人権思想からではない。

コンピュータの勉強をもっと本腰入れてやらなきゃと思い、コンパイラの理論や有限オートマトンなどを勉強していった中で、「文脈自由文法」という言葉とともに彼の名前が出てきて知った。言語学者ではあるが、コンピュータの仕組みができていく歴史の中で、イギリスの数学者アラン・チューリングなどと並んでチョムスキーの理論は土台となっている。 そんなこんなで、平和・人権活動家であるチョムスキーを知ったのは、ずいぶん後になってしまった。

今思えば、ネットで知った活動家としてのチョムスキーへの評価は、かなり偏っていた。「ポルポトを擁護した」「社会主義を信頼した」それらは、日米のけっこうな知識人から発せられた誤解であるとして、次のようなサイトがある。

このチョムスキーの知名度が日本で低いことは、社会の支配層には都合のいいことだ。言語学者チョムスキーの枠で留めておけば、専門家以外関心を持つ人は居ないだろう。

この本の最後に、辺見庸によるインタビューが載っている。チョムスキーのかなり頑固一徹な性格を感じることができる。「孤高の反体制派知識人」というレッテルにさえ拒絶的な彼は、数多くの平和団体で講演してきたとは言え、おそらくどんな組織にも属そうとしない、やはり"孤高な思想家"であること間違いない。

アメリカを典型とする現代国家では、国家が自らの残虐行為を隠すために、「とまどえる群れ」たる一般大衆には真実を知らせない。そのための「偽り」を提示する世論操作が、1910年代のウィルソン大統領時代から繰り返されてきたという。一般の大衆は何も知らずにTVを見て笑っていればよく、あとは選挙のたびに支配層に票を投じ、戦争の際はその見せかけの正義に酔い、「われわれの軍隊を支持しよう」と言わせればよい。そのためには民衆が憎悪すべき「仮想の敵」を作り出しておく。これは明らかにオーウェルの1984に似た社会だ。

アメリカが第二次大戦に参戦した際、ドイツ兵によって両腕をもぎとられたベルギー人の赤ん坊など、どこまでが真実か確かめようの無い残虐行為の情報が、あらゆる手段でアメリカの大衆に擦り込まれた。クルド人に毒ガスを使ったフセインは、確かに残虐な独裁者であった。しかしそのフセインを最初支援していたのは、他でもないアメリカである。アフガニスタンの「テロ組織」も、元はといえばアメリカが武器を与えて訓練したもの。それらの事実が掘り下げられることはなく、彼らを殲滅する本当の目的は伏せられている。そして、現代も同じように、ありもしない生物化学兵器やテロリスト支援容疑が宣伝されて、中東への侵略が繰り返されている。

人々が自分の頭で政治を考え、社会に参加する。そのための権利も公平な情報も保証される、そうした本来の民主主義はこの地上にほとんど無く、あるのは上記のような別の「観客民主主義」であるとする。それは情報を操作できる支配層と、その支配層に従順な一部の知識人が、その他大勢を「正しき」道に導く社会。革命をめざす知識人が大衆の参加する革命を利用して国家権力を握るレーニン主義者の考えと、アメリカ型の自由民主主義は、そのイデオロギーの前提だけをとれば非常に近いとチョムスキーは書いている。

「反戦運動など実はなかった」とチョムスキーは言う。ベトナム戦争後、反省と教訓をアメリカのリベラリストが口にしたが、それらは皆、多大なアメリカ人の犠牲と国家資産 をはらったというコストから見た意見であって、アメリカ軍が殺した多くのベトナム民間人に謝罪した者など居ない。またアメリカ兵の戦死者の数は数えられて も、ベトナムの死者数は誰も数えようとしない。

ベトナム戦争の時、バートランド・ラッセルやサルトルとともにチョムスキーもまた反戦の意志表示をした。しかし一方でチョムスキーは「知識人の2人や3人がものを言ったところで何になっただろう」とも書いている。一方知識人の責任は大きいとも。アメリカの知識人のほとんどは、政治の世界で行われている本質的な問題に全く言及していない。「とまどえる群れ」たる一般大衆に真実を知らせないことで、知識人層も支配層の協力者であることを止めない。

レッドパージなどがあったとは言え、そもそもなぜアメリカには、日本の社会党や共産党に類する政党が無いのだろう。自由の国と言いながら、なぜ国を上げた戦争に国民がついていくのか。日本では、ケネディ=平和的というイメージがある。オバマもまた、確かに演説が上手いという理由で講話集が売れたりする。しかしケネディもまた表の顔だけではないことなど、アメリカの大衆間では常識だと言う。

2000年10月にインティファーダが始まった時、イスラエルのヘリコプターが非武装パレスチナ人をミサイルで攻撃した。そのときクリントンは過去10年 間で最大規模の軍用ヘリの供与をイスラエルに行った。「『イスラエルのヘリコプター』という言葉は、イスラエル人の操縦士が乗ったアメリカのヘリコプター だと理解すべきだ」この攻撃用ヘリの種類が「アパッチ」だと聞けば、多少でも武器に詳しい人なら、ただのヘリコプターではないと分かるはずだ。

80年代の頃、世界中の戦争・紛争・内乱にアメリカがどの程度関わっているか調べたことがある。正確な数は覚えていないが、当時150前後あったその戦闘状態の地域のうち、実に4分の3にアメリカが直接介入ないしは武器供与や支配層への金銭供与をしていた。同じ悪業を働いていたイギリスやソ連をはるかに圧倒する数だった。タカ派とハト派、共和党と民主党など、そんな区別にさほどの意味はない。

大衆は組織されてはならず、反戦運動などで戦争に対する「病的な拒否反応」を抱くことは非常に危険だと、ナチの宣伝相ゲッペルスは深く理解していた。大衆は国家の目的に扇動されねばならない。このヒトラーもよく理解していたセオリーを、現代のアメリカの支配層もよく分かっている。しかし現代のアメリカにも、私たちが住む日本にも、ナチドイツ時代のような張りつめた空気は無い。しかしそこがまた問題であるとチョムスキーは考えるのだろう。

ベトナム戦争の頃に比べ、今のアメリカは変わった。弾圧など無い。人々は自由に発言できるし、チョムスキー自身もかつては考えられなかったほど、いろんな思想の人々と接し議論できると言う。しかしそのことを一面的に評価できないと、チョムスキーは考えているのだろう。露骨に弾圧するような方法がもはや取れないことぐらい、大衆よりも支配層がよくわかっている。それはロシアのような、かつては大衆に強圧的であった国家でも同じで、会見で自分を口汚く批判したドイツの記者に対して、プーチンは「そんな君ともぜひ話し合おう」とドイツ語で即座にやりかえした。平和で自由であることは一見望ましい。しかし、我々がTVを見て笑っていればよく、政治の背後で何が行われているか全く知らされないのなら、平和それ自体がメディア・コントロールの一つの手法であるかもしれない。

イラク戦開始の際には多くのメディアがアメリカ軍に従軍することを許され、取材した。日本のメディアも例外では無かった。しかし戦争の片方の当事者と行動するだけで、どうして戦争の真実が報道できるだろう。迫害される側に真実があるかぎり、武器で守られた場所からその真実は見えない。それを報道することが結局命をはらなければできないことは、ミャンマー軍に殺害された長井健司さんが示していた。日本の我々も日常、アメリカ軍の様子を報道するメディアのニュースは見ていても、イラクやパレスチナの民衆の目線から報道された番組などほとんど見ることがない。

最後のインタビューの中では、インドネシアと東ティモールの問題について、日本の責任を問う発言も出てくる。世界中で今も行われている様々な人権侵害に、我々はいやがうえにも関わらざる得ない世界に生きている。それらのほとんどは我々に知らされることは無い。

今オバマ政権になって、アメリカ軍のイラク撤退が徐々に行われていく。その多くは、オバマですら「テロとの戦い」の拠点とするアフガニスタンに向けられる。しかしなぜイラクは終了でアフガニスタンなのか? その理由が知らされない。

少し前にニュースで知ったことだが、日本もアフガニスタンに金銭的な支援をしている。その一部は現地の警察の資金として使われているという。インド洋での自衛隊の給油活動は大きな話題となったが、逆にこうした報道は小さなニュースですぐ消えてしまう。それがどのくらいの金額で今どうなっているのか、追うこともできない。しかし、我々の税金がそんなことの支援に使われているという批判だけでは、ベトナム戦争のコスト面から戦争批判したアメリカのリベラル層と何ら変わりない。本当は、その支援の使い道が実際に治安目的の警察活動なのかは、わからない。それにそこで「警察」と呼ばれているものが、我々の想像するような「警察」なのかどうかもわからない。

世界認識のほとんど全てが、間接体験に媒介された「複雑な社会」に生きているからには、我々もメディアと政治にコントロールされないよう、チョムスキーをみならって自分の頭で判断する以外にない。

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