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2009-07-14

NHKスペシャル『激流中国 病人大行列 〜13億人の医療〜』

7/12にやっていたのは再放送。シリーズの中では見逃していた一つだった。なぜ再放送されたかというと、先月の6月にモナコで開かれていた第49回モンテカルロ・テレビ祭で、昨年6月放送のこの番組がドキュメンタリー部門で最優秀賞を受賞したからだそうだ。

最近番組内容が偏向しているとして何かと批判されることの多いNHKだが、このシリーズは、突っ込みの浅いところはあるものの、一定の今の中国の姿を映していると思われる(なぜ評価するかといえば、当の中国がこの番組の放送をある程度禁止しているからだが(笑))。

以前から中国という国は非常に不思議な国だと思っている。

マルクスが書いたアジア的民衆の迷妄、サイードなどが批判するそれは、確かに西洋人であるマルクスの偏見と差別意識から生まれたものかもしれない。しかし社会主義国家である中国は、自身の歴史が体現してきた「古代的アジア的迷妄」を、民衆支配の道具としていまだに利用している奇妙な国。支配されるべき民は、生活や金の工面で日々走り回っていればよく、ただ働け、何も考えるな、上に意見する者は逮捕されるぞと。そこに経済的には改革開放、資本主義の生産主義信仰を極度に取り入れて、上手に混ぜこんでしまうのだからますます不思議だ。

NHKのこの番組の中に映る中国医療の姿は、そうした中国の不可解な支配形態の縮図のように見えてきた。

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北京にある同仁医院の院長の姿は、のし上がる資本家そのもの。病院を巨大なグループ企業に育て上げることに腐心するあまり、医者としての倫理や理想は遠くへ置いてきたかのようだ。金の無い群集が病院に集まる。そんな連中への医療行為で病院経営が傾くのはごめんだと、治療費は前払い制度を導入する。日本の国民皆保険制度のような公的医療保険制度が、今だ中国には無いのである。

病院を拡張したい。本院の裏手の土地を買収して最新医療の整った新館を建てたい。そう考えた院長が本院の高層から見下ろす眼下には、古風な瓦屋根と土壁でできた、どこから見ても対象的な貧民街が見える。立ち退きをさせるには、それなりの説得と金が居ると語る地域の党幹部に、私は共産党幹部へのコネがあるからまかせなさいと院長が自信ありげに言う。

新館建設許可を取るための嘆願書は、文章だけでなく写真でアピールしたい。我が病院がいかに一般大衆のために尽力しているのかを知らせよう。そのためには朝、貧しい患者たちで混雑する待ち合い室を写真に取れ! ....しかしそうやって獲得した特権で建てられる新館は、富裕層だけが予約できる、数分も待つことのない最新の診療棟なのである。

金持には金持向けの、貧しい者には貧しいなりの医療を施せばいい。うちの病院では温家宝首相が手術を受けたこともあるなどと、調子にのった院長の口からは本当かウソかわからぬ話も飛び出す。日本のTVカメラの前で、堂々とそんな指向を語る院長を見ていると、これぞ市場原理主義、日本の方がよほど社会主義的ではないかと思えてくる。

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金の無い一般の民衆は次の日の診療を受けるために、マイナス8度の気温の中、深夜から病院脇の道路に並ぶ。どう考えても病人はかえって病気が悪化するだろう。しかもその行列自体、とりあえずの診察券をゲットするためだと言う。列のそばには何かのコンサートのように、通常の10倍の料金で診察券を売るダフ屋が徘徊する。もはや悪夢のようにしか見えない。

深夜に並ぶ患者の行列の中に、小学生ぐらいの息子を連れた母親が居る。眼科を受けに来たと言う。息子の目の調子がどこかおかしい、お願いです、先生見て下さい! 夜中から並んでやっと診察に辿り着いた親子に、担当医の言葉は無慈悲だ。

「左眼はもう手遅れです。右目もこのままでは失明するでしょうが、今治療をすれば何とか助かる可能性はあります。しかし治療代はかなりかかりますよ。」

北京から田舎に戻ったその親子。帰った母親と、農家で待っていた父親は、次の日から借金に走りまわる。「昔は農業でそれなりの収入もあったが、今はもう貧乏で。病気の祖母の治療費だけでせいいっぱいなのに、息子の治療費を稼がなくちゃならない。でも何とかしてやらないと全盲になったら息子の人生は悲惨だ」と父親が言う。実家からようやくわずかな金を借りることのできた親子が、再び北京に向かったのは、同仁医院で次の治療に来いと言われていた予定日から3週間過ぎていた。

貧しい患者と家族が、ただがむしゃらに生活と金の工面に追われていく。助かりたい以外の事は何も思考できない。自分達がそうして支配され、わき見することも許されず走らされ、後ろを見れば死ぬしか無い。

そんな民衆の生活が、北京の同仁医院の院長には何も見えていない。しかしこれは医者の個人の資質だけの問題では無いだろう。おそらくこの国の医者は、患者の悲惨を日々目の当たりにしていても、上の組織にものを言うことを許されていないのだ。そんな国家では、医者は自然に下の者に冷たく、倫理観を失い、ただ利益獲得に走るようになる。同仁グループの次の計画は、富裕層の老人達が快適に住める、巨大な福祉市街の建築だそうである。

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ただ、この番組に映っていたのは、おそらく遠い国の話ではないのではないかとも思う。

日本の医者だって、医療の現実に問題意識を持たず、上にもの言う制度改革的、政治的意識を失っていけば、似たようなものだろう。

ワーキングプアな家庭の子供たちが保険医療を受けられないことが制度的問題として露呈したり、後期高齢者医療制度で保険料の払えない老人が保険証を没収されたりなど、どこかに中国を笑えないような話がちらほらと聞こえる。

白からグレーへのグラデーションの中で、きっと中国は限りなく黒の近くに居るにしろ、その黒の近くには保険制度の無いアメリカも居るにしろ、我々の国だってグレーのどこかに位置するだろう。

中国の医療の現実を見てあきれているよりも、崩壊してきている日本の医療の、仮に悪化した場合の先にあるものを中国に見て、守らなければならない制度が何かを考えるための反面教師としたほうが賢明かもしれない。

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