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2009-11-15

「入門経済思想史 世俗の思想家たち」ロバート・L・ハイルブローナー

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経済学の巨人を、人柄、生活、生きていた時代背景まで描くことで、その思想を浮き彫りにしてくれる好著。1953年の初版以来20数か国語 に翻訳されて、多くの学生を経済学の世界に誘ってきた名著であると解説にある。

訳者あとがきによれば、このちくま学芸文庫版のもと本は 1986年刊行の第六版。著者序文は1998年に書かれており、最終章と合わせて読むと、著者がシカゴ学派などの市場原理主義者に、批判的な立場の考え を持った学者であることが感じられる。欲を言えば、複数の翻訳者で訳されており、日本語の読みやすさにかなりバラツキが見られたこと。

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10章を読めば分かるが、著者はシュンペーターのもとで学んだ人のようだ。経済学は資本主義社会の台頭とともに生まれた学問であるという捉え方は、実際マルクスを含めて考えてもそうなんだから納得できる。基本、スミス、マルサス、リカード、マルクス、ケインズ、シュンペーターと章立てされているので、経済学史の王道は外していないかのように見えるが、その他はかなり偏ったチョイスがされている。経済学者とは呼べないような「異端の思想家」がかなり取り上げられている点が、この本の特徴かと思う。

実際、今日の数理的近代経済学の基礎である一般均衡理論をつくり出したレオン・ワルラスや、貨幣論を通じてハイエクの自生的秩序論に大きな影響を与えたメンガーなどが、名前が出るか出ないか程度にしか取り上げられていないので、この本でレギュラーな経済学史全体を学ぼうとしても無理がある。逆に正史から見れば脇道にそれた異端者の話が非常に面白い。その人となり、性格、癖、私生活といったものが、異端の思想家であればあるほど、生きていた時代にどう対峙していたのかが分かり、思想そのものと関わり合う姿が生き生きしている。

特に一つの章を割いて、ユートピア社会主義者を取り上げており、サン・シモンなどは、思想家というよりも宗教の教祖様といった人物で、トンデモな未来社会に憧れたある種の狂的妄想家であったことが読みとれる。学生の前でボソボソ声で、富裕階級への過激な皮肉を語るソースタイン・ヴェブレンは、見ためがしょぼいわりにやたらと女性にもてていたので、妻との不仲が絶えなかったなど、ほとんどゴシップな裏話も満載である。

また、重化学工業にシフトしていった20世紀初頭の資本主義が、持て余す余剰生産の吐け口を求めて植民地争奪戦に向かわざる得なくなることを鋭く見抜き、政治的には保守主義者であったにも関わらず、レーニンの帝国主義論と同じ題名の著書を書いたホブソンを大きく取り上げていることも面白い。ホブソンの「帝国主義論」がマルクス主義陣営に与えた影響を描いた章では、「帝国主義は、崩壊しつつある資本主義、死につつある資本主義である。それは全般的な資本主義的発展の最終段階であり、社会主義世界革命の始まりである」と述べる文章を載せている。いわゆる国家独占資本主義の最終形としての帝国主義といった捉え方であるが、その言葉がレーニンのものではなく、第三インター期のブハーリンのものをわざわざ引用しているのも、この著者の趣向であろうか。

著者は、経済学は世の中の公平を実現し貧困を減らすためにこそ研究すべきだといった、経済学の倫理観を大切に考えているのではないかと感じた。その点は、マルクスを「敬意を払って学ぶべき思想家である」として、きちんと1章設けていることからも伺えるし、最終章であらためて”経済学は「科学」か?”と問いかけている中からも読みとれる。

「自然を解明する際にわれわれが追求する客観性が、われわれの説明にも宿るということにはならない。われわれは社会を描くのに、自然の働きを記述する言葉を援用しているにすぎないのである。もしも[経済学を客観性にもとづかせようといった]疑似科学的な見解が経済学の目的になるのなら、経済学は本当に世俗の思想としての終焉を迎えることになるだろう。」

著者がワルラスをほとんどとりあげなかった理由が知れる文章だが、同じことは数理的な手法に頼り過ぎたミクロ経済学だけでなく、「科学的社会主義」といった呼び名にも当てはまることだ。ただ、英ヴィクトリア期以降の経済学は、大学で教えられる教科ともなっていったわけで、経済学の歪みは経済学教育にも浸透していったと著者は見ている。そこに現れたのは、マルクス主義陣営が「科学的」の名のもとにイデオロギー研究に偏重し、現実の経済活動の実証研究を欠いていったのとは対象的に、経済学の数理化=脱イデオロギー化であった。著者はそのはじまりを、いくぶんケインズが軽蔑心を抱いていたらしいその師、アルフレッド・マーシャルに見ている。

正統派経済学の確立者マーシャルが活躍した時代、「経済学の目的は、いかにして均衡価格に到達するのかというような問題を説明することにあり、社会を階層分化させる構造をつくり出す権力と服従の関係が、彼あるいは彼女の”効用”を求める個人の集合体のように見える社会秩序のなかになぜ生じるのか、という根元的な疑問を説明することではなかった。」経済学から政治的内容というテーマが消失していった時代であった(P341)。このへんが、マルクスから汲みだし今も生かされるべき論点ではないか。シカゴ学派もたしかに数理統計に重きをおく経済学であるなと。

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