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2009-11-12

逃げる力

ひところ前に「鈍感力」とか「老人力」とか、最近は「悩む力」とか、ここ数年「なんとか力」ってタイトルの本がベストセラーになっているので、こんなタイトルもありかと思ったが、検索すればけっこうヒットするのでさしたる新鮮味はなし。

昔、中野富士見中学という学校で鹿川君という子が首吊り自殺した事件があった。「葬式ごっこ」という言葉を言えば、思い出す方もおられるだろう。

この事件の簡単な紹介は、例えばここ「無限回廊」というサイトにも書いてある。

この鹿川君事件では、「葬式ごっこ」に教師までが関係していたことから、激しい加害者バッシングが続いた。そんな中で精神分析家である岸田秀は、大胆にも被害者鹿川君の「いじめられやすい性格」について書いた(『なぜ鹿川君はいじめられたのか』「嫉妬の時代」文春文庫所収)。ほとんどのマスコミが、加害者としての「いじめっ子」と被害者としての「いじめられっ子」という構図に引っ張られたのに対して、岸田秀は、「いじめられっ子」となった鹿川君の「いじめられやすさ」と、彼の中にあった矛盾や葛藤について書いたのである。

先のサイト「無限回廊」の説明では、社会福祉法人「いのちの電話」の斎藤友紀雄事務局長という人の言葉を紹介している。曰く、「『いじめ』は世界中で起きていますが、日本の場合、その一番大きな原因は、異質なものを認めないという精神文化に根ざしている」ということだが、そう捉えると、あたかも"異質なもの"とされた側は、いじめる側の「精神文化」の外に精神的に排除されたかのように聞こえる。はたしてそうだろうか?

岸田秀の捉え方はちょうどその反証になっている。つまり、「いじめる側」と「いじめられる側」が共通して抱える、ある種の共同幻想である。


鹿川君は自分をいじめるつっぱりグループの使いっ走りをしていた。彼には自分の気の弱さにたいする引けめがあり、自分と反対の性格であるつっぱりグループの連中への「あこがれ」を抱いていた。だから彼は、自分から使いっ走りを買って出ていた。そうすれば、グループの一員になれるような気がしていたのだろうか。

しかし同時に、そんなふうに下に扱われることへの不満も(当然ながら)あり、「つり銭を返さないなどのまわりくどい抵抗」をしていた。また彼自身の苦悩や葛藤とは別に、いじめっ子グループ自体が、彼が使いっ走りをしてくれることである種の秩序を保ち、鹿川君はさらに抜けられなくなっていた。「いじめ <=> いじめられる」構造に、一種の安定感があったのだ。

一面の問題は、鹿川君の側に、彼自身の「弱さ」に対する葛藤があったことだ。だから彼は、自分にない「強さ」への憧れ・依存から逃げられず、自分への否定的感情を強め、そこに土足で踏み込むやつらに完全なる抵抗ができなかった。岸田秀はこう書いている。

言ってみれば自分の「弱さ」を自分でいじめています。彼をいじめた連中は、彼の『弱さ』に対する彼自身のいじめに協力したわけです。

鹿川君は、顔にマジックを塗られたり、廊下で踊らされたり、服にマヨネーズをかけられたり、いろいろなことをやられてもヘラヘラ笑っていた。そして例の「葬式ごっこ」になる。いじめっ子だけでなく、担任を含む4人の教師の弔辞まで書かれたその時の色紙は、当時ニュースで社会問題であるかのように取り上げられた。だが当の鹿川君は、親にその色紙を見せ「僕はこんなに人気がある」と笑っていたという。


今は「自虐」という便利な言葉がさかんに使われる。「自虐的ギャグ」などとお笑いの世界でも使われる。しかし自虐は厄介だと岸田秀は書いている。

自虐の否定は自虐になる。自虐の無間地獄にはまり込むとなかなか抜けられない

何が鹿川君の自虐を生んだのか? 岸田秀は精神分析家らしく父親との関係に注目した。彼の父親もまた「弱さ」に対する激しいコンプレックスを持っていたからだ。

鹿川君がいじめられて帰ると、きびしく彼を叱りつけ、いじめた子の家に怒鳴りこんでいったという。父親は鹿川君に強い男であってほしいからこそそうしたのだろう。父親はそれを教育と思っていたと。ひょっとしたら父親もまた、その父親にそう育てられたのかもしれない。

その父親の父親の父親も...と、仮に祖先の精神的連鎖を辿っていくと、それは「富国強兵」という言葉が美学であった日本の古い時代に行き着くのかもしれない。そこで「男らしさ」の精神的標準を創り上げた、かつての社会の文化に出会うとすれば、「戦いに勝つこと=強さ」を男の価値と植え付けた文化的根源がそこにある。

しかしそんな文化の子孫であったかもしれない鹿川君の父親の教育は、鹿川君に「強さ」の価値を教えたかもしれないが、それはつねに鏡としての「弱さ」の否定を生み出したとも捉え得る。


間違いなく日本人だけでは無いだろうが、人間はたいてい、自分が所属する組織・集団から「逃げる」ことを価値の低い行為と見なす。

社会的に植え付けられた「強さ」とは、裏をかえせば、組織・集団から離脱する者や、組織・集団側の価値観を否定する者を、価値序列的に低い「裏切り者」「逃亡者」として措定する考え方であるだろう。しかもそこに見られる排他的論理に美的価値を見出すために、「強さ」という言葉には、集団側から特別な意味が込められるようになる。

鹿川君の場合も、実際には彼の側から何度か逃げ出そうとしたらしいが、そのたびにいじめっ子グループは、「逃げるのかよ!」と彼を追い詰めていた。その言葉に鹿川君も弱かったというわけだ。

問題はそうした価値観が、そこに関わった人達の意識ではなく、無意識の世界で強固に信じられていたことだ。父親も鹿川君も岸田秀が書くように自分を見つめられたら、その無間地獄から抜けだせただろう。

しかし....、無意識とは、『意識できる世界では否定された自分自身』であるから、誰も無意識というもう一人の自己から逃げることはできない。

鹿川君は、自分がいじめられることで安定する組織の中で、自分の価値観を肯定され、そうして自分の心理を安定させ、同時に、それもまた確かに自分であるはずの「弱い自分」を自ら否定していったのだ。

鹿川君事件を通じて、人間をしばりつけるある種の価値観を見出せるということが、安直なマスコミと違って岸田秀の言いたかったことだろう。意識が社会的で無意識が個人的なのではない。意識と無意識が作り出す抜き出し難い構造こそが、人間をしばりつける価値観を生み出すと。社会的な価値観は、意識と無意識の両方にまたがって心の中に巣食いながら、個人の生を否定的に呪縛していくことがあるのだと。

そして岸田秀が抉り出した「いじめ」の深層にある精神構造は、単に「いじめ問題」で終わる話では無いだろう。学校での「いじめ」を、別のキーワード....、戦前の日本人や、日本軍、連合赤軍、会社人間、そして共産党の査問など、さまざまに連想し、置き換えて考えてみることが可能なテーマになる。

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