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2010-01-23

中国で「アバター」上映縮小 〜社会主義文化政策の末路(痛!)〜

中共が「アバター」の上映を縮小し、国策映画「孔子」への切り替えを進めているらしい。正確には、中国の国営映画配給会社である「中国映画発行放映会社」が、3Dでない2D上映を中断しろとの通知をしたということらしい。ただ3D映画館は上海など地域が限られているだろう。意図が見え見えで、正直"かっこ笑い"である。

誤解を招く表現かもしれないが、資本主義経済の「商品」と「芸術作品」には類似性がある。アバターみたいな娯楽映画のどこが芸術だと言うなら、単に「文化的な作品」と言い替えてもいい。

商品の「作り手=企業」と「買い手=消費者」の間には、市場という中間項が介在している。そのシステムがあるからこそ、製品への企業側の思い入れと消費者の評価との間に食い違いが生じる。作り手がいくら宣伝に金をかけて良い品物だと主張したところで、それほどでも無ければそれなりにしか売れない。ヤラセで一時的にブームを演出したところで、熱が冷めれば粗悪な商品は見向きもされなくなる。

では、芸術における中間項=市場にあたるものは何か? それは作品そのものだ。

小説や美術にしろ、今回のような娯楽映画にしろ、作者が作品にどのような意図を込めたところで、読んだり見たりする側(=芸術文化の消費者)がその作品をどう解釈するかまでコントロールすることはできない。これは作品という中間項が存在するからこそ可能な自由ではないか。作品は一見、作者と見る側をつなぐ橋のように見えながら、実は断絶の役割りも果たしている。

実はこの断絶こそが、芸術の自由を保証しているのではないか。そういう意味で、商品経済における市場の存在が、原理的には社会の自由の基盤にあることと類似している。早い話が映画の評価なんて、市場にまかせて放っときゃいいのである。

社会主義文化政策の担い手にはそこが見えない。"工場と製品と大衆"あるいは"芸術家と作品と大衆"という三者の上に立って、あたかも"全体が俯瞰できる知力"が存在するかのように思い込んでしまう。だから彼らは、芸術家はこういう作品を創るべきで、その作品を大衆はこう解釈すべきだという前提でものごとを考える。そこで想定している超越的な「知」の中身を国家が決めることによって、本来作品という中間項が保証していた「解釈の自由」を、国家が徹底的に破壊してしまうことには気づかない。だからこそ、社会主義の文化政策は、かつてのイラクのような独裁国家の文化政策によく似てくる。(ああ、可哀想だったなー、かつてイラクの画家はフセインの肖像ばかり描かされていたっけw)

もちろんどこまで解釈の自由を抑圧毀損するかには程度や段階があるので、アメリカや日本にだって似た現象はいくつもある。だから中共のやっていることは、一つの極端な戯画として、反面教師とすればいい。

ただ中共のような政策側は、こうして大衆の「解釈の自由」を認識できないことによって、自分達の首をも絞めている。私には他国の資源を求めるアメリカの侵略と原住民の闘いにしか見えなかった「アバター」が、チベットやウイグルの弾圧された人々や中共独裁に不満を持つ漢人(宅地の強制収用に対する反発など)に火をつけると考えたらしい。(なるほど地方じゃ3D映画館なさそだしw)

ちょうど「僕はそんなことはやっていない。あいつらが悪いんだ!」と、自分の悪業を心の中で否定することによって強迫神経症になっていく人のように、中共は永遠に上からの「否定」を続けていかなければ心が安定しない。大衆の反逆が恐くてしかたないのだろう。国家政策でたかが娯楽映画にまで縛りをかけるなんて、こんな古臭い因習はもはや発展していく経済と矛盾をきたす。国策に使われる孔子も可哀想だし(笑)

ばかばかしいが、生暖かく見ていくしか無いのだろうか。中国のネットユーザーが今回の上映縮小に激怒しているのが、唯一の希望か。

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  • 中国で「アバター」上映縮小、「孔子」に切り替え(2010年1月21 読売新聞)

Avatar_inchina_3 【北京=関泰晴】中国の国際問題専門紙「環球時報」(英語版)は21日、世界的に大ヒット中の米SF映画「アバター」の上映規模が中国で大幅縮小され、22日以降は国産映画「孔子」に切り替えられる、と報じた。

共産党が文化宣伝に利用する思想家・孔子を描く愛国的な国策映画を優先しようと、中国当局の意向が働いたとみられる。

中国で1月4日に上映が始まった「アバター」は、これまで5億元(約70億円)を超える興行収入を記録。計2500か所の映画館で2月末まで上映 予定だった。しかし、当局に監督される映画配給各社は「客足が順調なのは3D(立体)版のみ」として、全体の3分の2に及ぶ通常版の上映打ち切りを決めた という。

同紙は「配給を突然変更するのは異例」とする配給会社幹部の見解を紹介。地方都市では3D版の上映がない映画館も多いため、不満を抱く市民がネットで「孔子ボイコット」を呼びかけた、と伝えている。

「アバター」は鉱物資源獲得を狙う地球人の侵略に異星人が抵抗するという物語。「中国各地で頻発する住宅地の強制収用を連想させ、反発をあおるのではないか、と当局が懸念している」という指摘も出ている。

 

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