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2010-02-21

医療科学が障害者を減らすこともある

阿久根市竹原市長のブログでの発言に端を発して、久しぶりに障害者問題について考え始めたんだけど、市長が言っていたことと違った事例を書いてみる。揚げ足とったるぞ〜w

竹原市長の言葉は、高度医療が障害者を生き残らせたかのように読めるが、はたしてそうか? 逆ではないのか?? と思えるケースもある。

具体例をあげる。以前あるハワイ在住の方のブログで読んだのだが、アメリカではダウン症は減っていると言う話。

  • 「ダウン症減少化」 http://mizuhonn.exblog.jp/10156441/

それは、妊娠期のテストで、ダウンだけがなぜか早期発見できるようになってきているからだということらしい。アメリカではこの妊娠期テストが普及 し、年齢に関係なく受診が勧められるようになってきている。日本でも最近そうした受診が増えてきているとも聞く。そして、その診断に基づいてダウン症の可能性があると認定されたカップルの90%が中絶するという結果が、アメリカでは出ている。

この統計は非難しにくいのではないでしょうか。これを他人事として、一種の優生学的な差別だと批判する人も居るでしょうが、もし自分がその診断をされた親の立場であり、妊娠のごく初期であれば、同じ判断を選ばないと言い切れるかと思ってしまった。

ダウンに留まらず、胎児期のかなり早い段階で全ての障害が調べられてしまうような未来が来たら。歴史を長いスパンで見ると現にそうなってきているわけです。生まれ来る自分の子供に重い障害があると相当な早期に分かるなら、私もまた、まだ人間の形に十分なっていない我が子の死を選ぶのではないか。そう想像してみるのです。しかし同時に、1万人中1万人誰もがそう判断する世界は、やはりガタカの世界になる。

先天性障害を持つ人間が生まれることのできない世界は、障害は無くとも能力の低い人々、社会的に認知される価値を生み出すことについていけない人々にとっても、きわめて生きづらい世界かもしれない。ガタカのゴッドチャイルドのように、そういう世界でもある程度は必ず存在するだろう現実の被差別者はどんな思いで生きていけばいいのかという問題も残る。障害の可能性が減ることは、進歩かもしれないが、一方でそれを進歩と捉える社会が、影で作り出す負の側面もあるだろう。

医療科学がどんなに進歩して先天性障害の発生がかなり抑えられたとしても、障害者を不幸な存在、欠落した者と捉える価値観はやはり残るし、場合によっては増長されるかもしれない。しかし科学の進歩のほうが、人々の価値観の進歩よりずっと速いという可能性があるのではないでしょうか。

医療科学の進化が、産業や政治によって単に上から優生学的に利用されていくということだけでなく、人々が障害の発生の是非を自らの判断によって選びとっていくという可能性もある。そうなると、もう倫理観云々なんて議論より先に、その方が「幸せ」だからというありきたりの判断で、知らないうちに先天的障害者は羊水検査の後には存在しなくなる未来が来るのかもしれません。

---------------

もちろん医療科学がどれだけ進歩したとしても、事故などによる後天的障害が無くなるとは思えない。そこで問題は錯綜してくる。

交通事故のように、むしろ文明が進歩すると後天的障害者は逆に増え、障害に対する社会的責任とコストも増加する。高度成長期の自動車産業系某大企業では、工場内事故で年間一定数の身体障害者が生み出されるので、外から障害者を雇わなくとも政府が定める障害者雇用の基準を満たしてしまうというおぞましい現実があったと言います。現場のロボット化などの背景には語られない理由もあるわけだ。

結局、医療科学の進歩よりも、その時代の社会が無意識に了解している障害者への価値観が問題なのではないか?

医療がどんなに進歩しても、障害者問題に映し出されたその社会その時代の価値観は別に存在すると思うのです。そして障害者への価値観は、他の全ての人間の、それぞれが持つ能力についての社会的価値観と強く結び付いている。だって例えば今の資本主義社会の中であれば、そのルールにのっとった労働をして始めて生活への対価が得られる仕組みが浸透しているからこそ、その労働のレールに乗り難い障害者への見方が生まれるわけです。社会の仕組みより先に、障害者=社会的弱者という価値観が先験的にあるわけではないですから。

だから我々にとって障害者問題は、単に「どう処理するか」という他者的問題ではありえない。我々が障害者を"どう受け入れていくことができるのか..."に問題はとどまらない。障害者が居なくなる社会がイコール幸せな社会かという疑問は、結局どうしても残る。

その社会が、障害があっても生きやすい社会かどうかという問題が、我々にとって生きやすい社会かどうかという一般的問題に内包されているのであって、両者を切り離すことはできず、この問題を切り離した社会作りもしてほしくはない。結論めいたことは何も提示できないのだけれど、これらが非常に微妙な 問題だというのは、分かってもらえるのではないでしょうか。

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