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2011-03-05

「人体の不思議展」の不可解

大阪でも恒例のごとく続いてきた例の「人体の不思議展」。京都展に関して2月に京都府警が死体解剖法違反の告発状を受理し、実態解明へ乗り出したというニュースがあった。肝心のことはさらっと流すTVだけあって、ほんの一時報道されただけですぐ消えてしまった。 あれからどうなったんでしょうね? と思ったら....

北國新聞社共催で行われた金沢市での展示でも、大学講師らのグループが主催者を死体解剖保存法違反容疑で石川県警に告発状を出し、正式に受理されて捜査されているそうだ。もともとは厚労省が人体標本は「遺体」との見解を示したのが始まりらしく、全国を巡回していた大規模なイベントだけに、特にTV報道はもっと問題にしていいのではないかと思う。元グラビアアイドルが...とかどーでもいいし、カンニング青年の話とかだってもういいからさ、もっとこういうの取材しろよ!!と。

告発内容は、表面的には形式的手続き上の問題に見える。学術的な目的で解剖の対象になるような遺体は、普通病院や大学などで保存されている。それ以外の場所で保存する場合、自治体の許可を得ることが死体解剖保存法で義務付けられているということらしい。この展示会では、期間中にも関わらず京都市へ許可申請していなかったことが問題になっている。しかしもう10年以上行われてきた展示会なのに、刑事告発が受理されるのは初めてとのことで、この「いまさら感」は、はたから見て何か報道しきれていない問題があると感じる方が自然だろう。

この展示会に関して、以前から医療関係者や市民団体などから疑問の声がある。Wikipediaでも批判されていることが触れられており、例えばこのブログの記事でも詳しく書いてある。それによれば「人体の不思議展」は2002年に開始されたもので、2006年以降に各地の医師や市民グループによる批判声明が出されるようになり、後援団体が付かなくなるほどだったと言う。特に2008年からは開催地の医師会や全日本民医連などから批判や開催中止要求が出されているというのだから、左右関係なく多くの人が疑問に思い始めたということだろう。実際京都では2月末に医学・医療的な倫理面からこの展示会を考える講演会が開かれた。この運動は京都民医連なども呼びかけているにも関わらず「あかはた」の取り上げ方は一般マスコミ程度で、ネットの情報のほうがずっと多い。(ん??なんで?やっぱ中国がらみだからか?? 著書で中共を社会主義制度最後の希望のように書いた「ハァ?」な不破哲三や彼を賛美する人たちは、こういうことに疑問を持たないの?)

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以前「近々死刑になる家族に会えない国」という記事でこの「人体の不思議展」のことを書いた。今回この自分の記事を読み返してみて気づいた。展示会で使われている人体を標本化する技術「プラスティネーション」についてのWikipediaの記事は今現在書き換えられているのだ!!今になってよく部分引用しておいたもんだと思う。

そこにも書いたが、「人体の不思議展」自体は、ここ最近の様々なブログ記事が書いているような2002年から始まったものではなく、もっと古く90年代後半からある。私はその最初期のものに行った。当時のものはヨーロッパ系の遺体が多く、その後一度中断され2002年以降の展示は主催者も違い、中国人の遺体が多いとか。初期の「プラスティネーション」と今の「プラストミック」は技術的に別物だとか、確かにそのあたりはいろいろ調べれば分かるのだが...。

この話、中国の闇の遺体売買がどうとか、そういう問題では終わらない流れがあると思う。そもそも「プラスティネーション」を考えたグンター・フォン・ハーゲンスという解剖学者の背景にはナチの残党の匂いがするのだ。人体を非倫理的に標本化するという行為の、その背後にある奇怪な価値観の流れが、今の時代に簡単に死刑囚を生み出す中共のような世界に結びついたと考えるほうが自然。初期のヨーロッパ的な展示は学術的で、今の中国系の展示は怪しいとかいう区別はあまり意味が無いのではないかと思う。

初期の展示を見た時の感覚は強烈で忘れがたい。今の中国系遺体の展示は、スポーツをしているポーズを取らされているなど酷い。しかしそこまででは無かったとは言え、初期のヨーロッパ系の遺体展示にも、切り裂いた腹部の内側に胎児を見せた東欧系妊婦の標本などがあった。だから驚愕と同時に「今自分はこれを見ていていいのか?」という居心地の悪さ(罪悪感?)があった。きっとあの違和感が、何度も何度もイベント化されて、人々の視線が馴れてくることにも問題がある。こんな記事を書いているのを、大げさなと捉える向きが醸成されるその感覚だ。

現代人の生活は確かに「死」を見えないものとして隠してしまい、中世の人たちが抱いていた感覚=死と向き合うこと(メメント・モリ)を忘れてしまった。特に長く紛争・戦争などと縁のない日本人はそうだと思う。

しかし遺体標本を見ることをイベント化するのは、「死」と向き合うこととはむしろ正反対ではないか。変なポーズで標本化された彼らがどこの誰かも知らずに、ただ人体への興味だけで見ることは、「死」を軽んじているとしか思えない。そういう意味では、この文の最後に「もし政治犯だったら!?」との疑問は書いたが、遺体が政治犯だったら問題で、自然死だったら良いという問題でもないだろう(だから後記する動画の中に出てくる米国企業の感覚はまだ変だと思う)。

エンターテインメントは過激であるほど人の入りが良いだろう。だから刺激的だと評価する見物者も多いと思う。欧米でもこの「人体の不思議展」は何度も開催されているそうだ。そしてそれゆえこれは長く、収益の高いビジネスとしてすでに成立していて、そこに群がる企業は中国の枠だけでは無い。

しかしどう見ても若い年代のまま標本化された彼らが政治犯だったら? 「遺体をプラスチック処理したら人体ではなく模型になる」という関係企業の強弁は、政治犯を闇で処理したい独裁国家のための最適のビジネスになるだろう。

日本のマスコミよりもABCニュースのほうが、多少とも突っ込んだ取材をしているようだ。ただし米国企業側の責任者が「知らなかった」と言っている件は、疑った方がいいだろう。(Youtube:「人体展と中国の人体闇市場」 (ABCニュース20/20) (Part 1/2 、2/2) )


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