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2012-03-18

日本共産党の原発についての提言にある妙な一文が気になる

この頃ごくたまにしか記事を書かなくなったので、話題がタイムリーじゃない。当然アクセスも期待できないし...。この話も、もう昨年6月のことなので、いろいろ考えて振り返ってはいたものの記事にはしませんでした。で、ネットではもうすでにたくさんの人たちが批判的に書いていますね。資料充分でしょうw

私も前の記事で原発のことを書いたので残しておきます。日本共産党の原発についての提言のことです。

福島の原発事故以来、中にはもともとは推進派だったんじゃないの?ってな人も含めて、ほとんどの政治家、政党が、原発反対まで明確には言わなくとも少なくとも「段階的な撤退」を口にするようになりました。党としての公式な提言の中で、「原発からのすみやかな撤退、自然エネルギーの本格的導入を」と言ってる日本共産党も同じです。3.11以降特に、党自身が 「わが党はずいぶん昔から原発の危険性を指摘してきたので先見性があった」的な言い方をしていて、提言にも冒頭からそう書いています。

多くの人にとっては、選挙のマニュフェストレベルでしか共産党に興味が無いと思います。つまり今のその政党の政策がどうかということの範囲が全てということですね。ただ共産党ほど自らの歴史的経歴に固執する政党は無いでしょう。ネット上でも党員でない支持者が少しばかり居るので、そうした人たちに 「共産党を知らない」というとまた怒られてしまいますw でもこの原発問題でも、現在の政策だけを見て「そうか共産党も原発反対か、よく言った!」としてはたして良いのかというと、私はかなり違和感あります。

共産党の提言をよく見ると不思議なことが書いてあります。「安全な原発などありえない」 と言いながら、「2、原発からの撤退の決断、5~10年以内に原発ゼロのプログラムを」の最後の部分をこう結んでいるのに目が止まりました。

なお、原発からの撤退後も、人類の未来を長い視野で展望し、原子力の平和的利用にむけた基礎的な研究は、継続、発展させるべきです。

なにげない一文のようですが、これがあることで全体の主張がものすごーーく矛盾してきませんか? 原発撤退した"後も"原子力の平和利用にむけた基礎研究を続けろっつーんだから。

そもそも、なんで?もう撤退した後なんだからいらないじゃん?とまず思います。でもそれが分かっていてあえて書いているんでしょう。となると逆に、そこまで言うかともとれる「原子力の平和利用」への固執に思えてきます。ここにチラッと共産党らしい顔が覗いている、ええ、実は何も変わっていないんじゃないかと私なんかは思うんですが....。

党員として毎日の赤旗を読んでいた頃の記憶を辿ってみると、私の知っている限り明らかに、

日本共産党はずっと「原子力の平和利用」に賛成派でした。

以下ネットなどで他の幾人かの方が書いていることや、手元にある(もう捨てようかとおもいつつw)残っていた資料などを見て書きます。例えば、1973年の第12回党大会で採択された「民主連合政府綱領草案」にはこう書いてありました。

安全と放射能汚染防止の保障が充分でない現行の原子力発電計画を全面的に再検討し、自主・民主・公開の原子力三原則をまもり、安全で放射能汚染や環境の悪化をもたらさぬ原子力発電計画をつくり、新エネルギーの一環として原子力の研究、開発をすすめる

■■■■■

核廃絶運動で、60年代終わり頃から社会党・総評系の原水禁と共産党系の原水協が長い間対立してきたのは言うまでもない話です。昔は社会党の人たちが核廃絶の大衆運動を分裂に導いてきたかのように「赤旗」がさんざん書いてきたから、共産党の中から見るといかにも社会党系が悪いかのように、私なんぞも共産党員としてしっかり擦りこまれていました(ノ_-。)。

しかし私がそんなふうに擦りこまれちゃってたのは80年代初頭の話。この対立はもっと前から20年以上の長い歴史がありますね。

原水禁第7回大会(61年)の直後にソ連の核実験があり、その後第8回大会(62年)で採択されるはずだった基調報告が「いかなる国の核実験にも反対する」としたのに対して、「社会主義国の核は防衛手段」という奇妙な見解に共産党系の組織委員や団体が固執し、運動が混乱していったと聞きます。

そして1963年の部分的核実験禁止条約の締結をめぐって、社会党系と共産党系がさらに対立。背景に中国の核保有を阻止したいとのソ連の思惑があったにせよ、核廃絶への動きとして評価できるとした社会党・総評系の団体がこの条約の支持を要求。対して日共系は「地下核実験を認めることになる」と反対。そこでも共産党系の団体は「社会主義国の核兵器は容認すべき」といった主張に固執していったそうです。

この共産党系の主張って、今聞けばいかにもイデオロギーまるだしであほらしいです。でもこの混乱はずっと後々まで尾を引きました。共産党が原水協の吉田嘉清代表理事や日本平和委員会の森賢一事務局長を「原水禁・総評に屈伏、追随した」と批判し、著名な党員哲学者の古在由重氏が吉田理事擁護の発言をして、後に党から除籍されたのは1984年頃の話です。振り返ってみれば20年以上、共産党は我が国の核廃絶運動を混乱させていたことになります。

■■■■■

核廃絶運動と原発反対運動の関連はよく考えてみる必要があると思います。共産党系が反対した先の原水禁8回大会の基調報告には「真実を究明し、核実験の根源をとりのぞく」という項目もあります。根源とは何でしょうか?

日本のように原発が核兵器開発と直接結びついていない国はむしろ例外的です。原発の開発で得た技術が核兵器を生み出すことは、今日の北朝鮮やイランの原発に先進国が神経質になるのを見れば明らか。もともと原潜を作っていた軍事企業が原発も作るようになったアメリカは言うに及ばず、中国、フランス、インドと米ソ以外の国が原発と平行して核を持ち始めた60年代中盤からは、この「原発と核兵器」問題が核廃絶運動にとって大きな課題となったはずです。「全ての核に反対」とする人たちが「全ての」と主張する中身にはこの認識が深くあったと思います。

社会党系の団体は、共産党系の影響下に置かれていった原水協に反発し後に原水禁を作りますが、その原水禁が原発問題にとり組み始めたのは1969年頃かららしいです。ただこうして振り返ると、60年台初頭の「いかなる国の核....」を巡る対立にしても、「全ての核に反対」とする非共産系の人たちの主張には、その全ての人たちがとまでは言えないとしても、反原発の考え方が含まれていたと見てよいと思います。だから20年あまりの運動の対立と共産党がもたらした混乱は、今日の反原発を担う人々の運動にも大きな否定的な影響を与えたと見るほうが自然でしょう。原水禁のHPにはこう書いてあります。

『核兵器とともに核エネルギー「平和利用」ももはや無視できない環境破壊の要素として登場してきた。「核の時代」はいよいよ人類全体を飲み尽くし、放射能による”地球の汚染”という重大問題をわれわれの前に提出している。』

「共産圏の核」容認派であり「核の平和利用」容認派であった日本共産党は、今から見れば『「全ての核に反対」派は、結果的に核廃絶の大衆運動を弱体化させ、資本主義勢力の核保有国を助けるので反動的である』と主張していたように見えます。しかし福島後の今から見れば原水禁の方がむしろ正しかった。「原子力の平和利用」を進めた自民党やそれによって利権を得ていたアメリカの政府と軍事産業は、同時に「核の傘」容認派であったことは明らかでしょう。「社会主義国の核は防衛手段」的な(いまとなっては「はあ?」な)見解に固執してきた共産党系の方が、核廃絶運動を分裂させて「原子力の平和利用」で利権を得る者たちを結果的に助けた反動勢力でした。

原水禁のHPにはさらにこう書いてあります。

『かつて「いかなる国の核実験にも反対する」という原則問題で意見が対立したとき、その一つの論点は“死の灰”による環境汚染の問題であった。共産党と日本原水協に残った人びとは「ソ連や社会主義国の“死の灰”はガマンせよ」と主張した。あるいは「少しぐらい“死の灰”を浴びても構わない」というのであった。...(中略) ...放射能による環境汚染をどうみるかという見解の相違は、その後の「原水禁」と「原水協」の運動路線にも決定的な相違を生じさせるに至った。それがはっきりしてくるのは原子力発電をどうみるかという点である。反原発運動でこの二つの組織の方針は根本的に違ってくる。
「原水協」は周知のように原発反対をはっきりと打ち出しているわけではない。「民主・自主・公開」の原則が守られればこれに賛成する態度をとっている。共産党の条件闘争の主張と同じである。
だが、今日、原子力発電や再処理工場が、確固とした安全対策をたてず、政府・電力資本の一方的な意志によって乱造されている。現在日本で設置されつつある原発はそもそも、日本が自ら開発したものではなくアメリカからの直輸入であり、「自主」的技術開発をしたものではない。その上、原発設置にあたって地元の意向には殆ど耳をかさず全く非民主的に行なわれている。公開の討論すらさせないのである。安全審査の資料は“秘密”であり「公開」の原則は全然守られていない。
これだけはっきりしているのに何故反対できないのであろうか。原因は他にあるとみなくてはなるまい。
原発や再処理工場から出てくる「死の灰」・放射性物質の危険な性格について認識が甘いか、弱いかということである。

■■■■■

「いかなる国の核...」問題をめぐる古い話はミヤケン時代の話ですが、この路線は不破哲三の時代もずっと続いてきたと思えます。

たしか2004年だったかな、日本共産党綱領が一部改定されましたよね。この綱領の中でも食料の自給率向上と安全優先のエネルギー政策を目指すことが唱われているのですが、ここに至るまでの03年の中央委員会総会で、不破さん(当時議長)こんなこと語ってました(第22回大会第7回中央委員会総会)。

....綱領で、エネルギー問題をとりあげる場合には、将来、核エネルギーの平和利用の問題で、い ろいろな新しい可能性や発展がありうることも考えに入れて、問題を見る必要があります。ですから、私たちは、党として、現在の原発の危険性については、 もっともきびしく追及し、必要な告発をおこなってきましたが、将来展望にかんしては、核エネルギーの平和利用をいっさい拒否するという立場をとったことは、一度もないのです

共産党思考のベースはこうして「平和利用容認」ですから、あくまで基本は「原発推進派」なのです。だから例えば、原発や放射性物質の危険性を早くか ら主張していた広瀬隆氏などのことも、共産党は暗に陽に批判してきました。こうした共産党の態度が、ずいぶん前から「原発反対派」の人たちとの間に溝をつ くり、大衆運動を分裂させてきたことは明白だと思います。

■■■■■

私は共産党が「原発の平和利用」を批判しようとしないのは、単なる政策の問題ではなく、彼らの思想と不可分な科学信仰に根があると思っています。だからかなり根が深いのではないかと。今のような時代にせっかく「原発からの撤退」を提言しておきながら、その提言の中にこっそり「原子力の平和的利用にむけた基礎的な研究は、継続、発展させるべき」なんて文章が混じるのもその根の深さから来るものではないかと。

佐藤優によれば、ソ連共産党は、「彼ら自身も信じていなかったマルクス・レーニン主義を、どうも本気で信じているらしい日本共産党」をバカにしていたそ うですが、世界的に共産党の運動というものは、その国の既存政党としての共産党であればあるほど「科学信仰」を持っているのではないかと思っています。 「ルールある経済社会」などと言って「社会主義革命は遠い未来」と考えているらしい今現在の日本共産党は、ある種の修正主義であって、もはやマルクス・ レーニン主義の党とは言い難いと思いますが、それでも自分たちの思想の根幹は「科学的社会主義」であると明言しているわけで、社会主義は資本主義の次の時代、発展形態という考えまで捨てたのではないわけです。

だから自分たちの信じる思想によって世界を変革してゆけば、今よりも社会は発展し豊かになるという思考が、あいも変わらずベースにある。今現在の熱心な党員の発言を聞いてもそこは変わらない(そりゃソ連にバカにされるわなw)。そういう捉え方からすれば、 今現在の科学技術は資本主義社会の矛盾に囲われたものであり、社会がより発展した段階に達すれば、科学がより人々の生活の役にたつ方向に発展するだろうと。そのためにも共産党の役割はますます重要です....みたいな。だから、例えば「原子力の平和利用」という問題一つとっても、今の核の技術が軍事利用 と不可分に結びついていることは重々承知だが、だからこそ、そうした軍事利用優先の副産物を平和的に利用するというきわめて狭い枠組みでは、きわめて不完全な進化しかできないのだ、今後、人類が平和利用に徹する立場で英知を結集することで、予想できない新しい展開が期待できるのだ、こうしたことをかつて不破議長なんかも何度も言っていました。

だから日本共産党が福島後の今日、本気で「脱原発」を唱えるのだったら、「党は昔から原発の危険性を指摘してきた」といったたぐいのウソはやめて、 今までの党のとってきた「平和利用擁護」の姿勢を総括しなければならないはずです。この期に及んでまだ公式の提言ですら「原子力の平和的利用にむけた基礎的な研究は、継続、発展させるべき」などと書いているわけですが、今の政治の力関係で「原子力の平和利用」のための基礎研究に資金をつぎ込むことは、今までと同じように官民の癒着構造を温存して、自然エネルギーの基礎研究に資金が届かない現状をずっと固定化させてしまうのではないでしょうか(と前の記事で強調しました)。

そこを反省できないかぎり、今後も日本共産党は左翼の顔をした反動勢力でしかないでしょう。それじゃあ良い人の顔をして国民を騙す分、はっきり矛盾が表面に露呈してどうにも立ち行かない民主党政権よりもさらにタチが悪いという見方もできます(影響力はないけどw)。まあ、とは言うものの、「科学的社会主義」の持つ「未来社会の展望」(笑)とか「科学は共産党が描く未来の中でより発展する」みたいな信仰を捨て去るのなら、それはそれで共産党が共産党では無くなってしまう道ではあるのですが...。

共産党が「原発容認派」であった歴史については、私なんかよりもっと詳しいいろんな人たちがネットのあちこちでいっぱいいっぱい書いてます。いやホントにいっぱい出てきますw きっと、過去数十年、共産党にいろいろ腹の立った憶えの人たちが多いのでしょうね。

今回、割と公平に、しかもきっちりと党のかつての姿勢を批判していたサイトとして、次のところが参考になりました。1986年のチェルノブイリ事故のあと『文化評論』1988年7月号に載った対談を題材にしてます。

なるほどねー、「反原発」は共産党から見ると原始的な「ラッダイト運動」に見えるわけか。そら皆さん共産党に怒りますわなw

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コメント

日本共産党は、口では耳あたりのいいことを主張しつつ、かげでは原発推進のこともそうですが、部落の人や在日外国人などのマイノリティを陰湿に差別し、障害のある子どもたちを「発達保障」の美名の下に地域から分断することに血道をあげています。石原や橋下の方が、正直な分まだ「マシ」です。
こういう事実を知らない人が、本当に多い。
原発もウソツキ日共も、いらない!

携帯で閲覧も投稿も出来るんですね。
1997年頃、大分県で懇話会をした時、吉井英勝さん(京大原子力工卒)が「九州の原発は関西の大消費地のため必要」と言ってました。

はじめまして。たまたまの通りすがりです。
日本共産党反原発派を自称していた者です。ということは、私なども共産党は原発を容認していると(批判的に)見てきました。それでも消去法でいって、原発マネーに群がっている他の政党など選択の余地はありませんが。私の住む茨城県北では、旧・社会党も日立製作所の別動隊でしかありませんでしたし。ま、共産党も3.11を教訓的に受け止め、自民党などとちがって未来を展望したのだとはみています。

と、以上は余談です。で、本題。下記の記述が気になりました。

> 一方共産党は「原発反対などといった一部の問題」を運動の目標にすれば、「原発反対」に固執しない人たちが運動を去ってしまう、結果的に核廃絶の大衆運動が弱体化するので核兵器保有国を助けることになる、だから「原発反対」に拘る勢力は反動的であると主張していました。しかし福島後の今から見れば原水禁の方がむしろ正しかった。

原水禁運動の分裂をめぐる歴史のひとこまとして目にしてきた一端ですが、おや?  「原発反対」と書かれていますが、この部分は「部分核停条約」だったと私は認識しています。あえて書き換えているのでしょうか。だとすれば、なんとも巧妙なすりかえです。もし、私の記憶不足であるとすれば、謝罪して再勉強することも予め申し添えさせていただきつつ。(非礼多謝)

言わんとしていることは分かるし、こちらの言葉も足りないのだろうと思ったので、ご指摘の部分を加筆しました。ただ、前の単純な表現でも当たらずと雖も遠からずといったところなのは、記事中に引用した原水禁の主張を読めば分かることだと思います。

例えば、自らは原発建設に賛成とおっしゃるこの方の記事で引用されている、朝日新聞の本田記者の文章にこんな記述が出てきますが、どう捉えますか?(www.niji.or.jp/home/mimitan/page017.html)

『.....旧総評系労組を基盤にした原水禁は、主要労組の弱体化や相次ぐ脱退で先細ってきた。
しかし、「社会主義国も含め、いかなる国の核実験にも反対」と訴え、「核に平和利用などない」と脱原発を打ち出してきたその主張は、欧米の反核運動の主流が反原発を強める中で、「正統性」を高めた。反核平和運動が主として左翼運動として展開されてきた日本では、社会党‐社民党の衰退が、相対的に共産党による原水禁運動への影響力を強めた。
「共産党首長のいるXX町からやってきました」登壇した発言者が冒頭、こうしたあいさつを繰り返す原水協系大会に、共産党支持者以外の人が参加するのにはかなりの勇気がいるだろう。
反核運動は共産党だけのものではない。運動をさらに広げようとするなら、党はまず一歩下がることを考えるべきではないか。海外代表をこれだけ呼べる実績を積んできた原水協にはそれができるはずだ。』

当時の悪影響を振り返り、真面目に大衆運動に党派を越えて携わってきた人々に対してという意味で、真に謝罪すべきは日本共産党でしょう。

共産党員というものは、党と多少の意見の相違を持っていても、それを真っ向から党組織にぶつけていかないかぎり、組織の本当の顔を知らないものだ。中から批判されないかぎり党はそれなりに民主的なものだと思い込んでいられる。私の知人には、党籍だけのほぼ幽霊党員だが、他の真面目に活動している党員と、事を荒立てずにユルユルに付き合っている人も数人居る。しかしそうした「友情」は、党の姿を見えにくくする。

今もあなたが党員かどうか、党員だとしてもどこまで活動しているのか知らないが、「日本共産党反原発派」?? いったいそれは何でしょうか? あなたが60年代から80年代に党員として活動し、真面目にそう主張するのなら、党内に居られただろうか?とも思いますが、それはともかく、今からでも共産党の内側にそれをぶつけてみるべきではないでしょうか。

今朝、読売系のウェークアッププラスというニュース番組で、各党の代表が参院選に向けての議論をやっていました。共産党代表で出演していた山下よしき、この人共産党の中ではけっこう頭良さそうで、人柄も好感持ってるほうなんですが、「原発即時ゼロ」「完璧に安全な原発など無い」「しかも、福島を見てください、たった一回の事故で全てが失われる。」と力を込めて主張していました。山下さんいいこと言うな~と思ったんですが....。
ここの記事を読んで、じゃあ何で共産党は「平和利用の研究は継続」という文を残すのでしょう?と素直に疑問に思いました。何かがとても矛盾しているような.....変な感じです???

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