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2016-07-03

「月刊Hanada」8月号の兵本達吉さんの記事

「WiLL」5月号で「共産党の『黒い履歴書』」を書いていたおなじみ兵本達吉さんですが、「月刊Hanada」8月号では続編の「日本共産党の『黒い報告書』(独裁編)」を書いています。兵本さんの「日本共産党の戦後秘史」という本は、大学で同級生だった知り合いの党員の親(党の有名な古参議員で弁護士)の話が出てきてそれなりに面白く読んだのですが、正直マルクス主義の問題点について簡単に片付けられすぎてて少し受け付けない部分がありました。でもこの『報告書』(独裁編)はなかなか良いと思いました。

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不破哲三はソ連崩壊の際に、「ソ連は本当のマルクス主義では無かった」というご都合主義の解釈をしました。その一方で不破本人は、「レーニンと『資本論』」という著作で、マルクス主義の理論を救おうとしたつもりでした。しかしそこで根本的な過ちを犯した。結局マルクス主義の理論的支柱である「プロレタリアート独裁」を言葉を変えてごまかしてしまった。にも関わらず「生産手段の社会化」を経て日本はやがて社会主義に向かうべきだといった目標は残した。それがソ連崩壊後の今の日本共産党の理論です。

平和な共産革命などない」という兵本さんの指摘は全くそのとおりで、さすがにレーニンはそのことを痛いほど分かっていた(あたりまえかw)。「資本主義的私的所有の弔鐘が鳴る。収奪者が収奪される。」とはマルクスの資本論第一巻の終わりに近い部分にある一番鳥肌なフレーズです。このフレーズから平和な革命を連想する人は居ないと思う。事実「生産手段の社会化」という目標を達成するためには、歴史的にはどの社会主義政権でも暴力による権力奪取を経ている。にもかかわらず、暴力による権力奪取の問題を避けるのは誤魔化しにしかなりません。兵本さんは、不破理論ではマルクス主義の背骨が消滅していると書いている。この指摘は今の日本共産党を見ていくうえで、非常に根本に関わる問題です。

チリのアジェンデ社会主義政権は、最初議会を経て合法的に社会主義政権を打ち立てようとした歴史上珍しい例ですが、結局は軍を掌握できず、ピノチェトのクーデターで暴力によって倒されてしまった。当然軍の暴力には暴力で闘うしかなかった。(ちなみに、スティングの曲に「孤独なダンス」というのがあるけど、あれはこのチリのクーデターで共産党員であった旦那や息子を殺された女性たちが、行方不明の男たちを思い描いて踊る悲しみのダンスをテーマにしています。"ヘイ!ミスター・ピノチェト!"って歌詞に出てくるよね。)このアジェンデの例が示すように、政治の暴力的な側面と全く関わらずに、最後まで議会制民主主義の制度の上だけで社会主義に移行することなど全く不可能であると歴史が教えています。だから日本共産党の「平和革命路線」とか「科学的社会主義」とかは言わば寝言でしょう。実態は「空想的・社会主義的・修正主義」、「いつか〜柿の実が熟したら〜、資本主義が行き詰って〜日本も社会主義にーーなるでしょうーー。だからそれまで待ちましょ〜〜」的な、典型的「俗流マルクス主義解釈」のお花畑理論でしかありません。

「脱レーニン化」と「マルクスが議会を通じた多数者革命に最初から注目していた」といった、不破のこの勝手な古典解釈は、古典解釈というよりは、むしろ今の日本共産党の路線の方に古典の読みを歪めてムリから近づけるただの誤読です。兵本さんはこう指摘しています。

「私が不思議に思うことは、不破哲三の講義を聞いていた松本善明やその他の同士諸君が『不破さん、それは百年前に、ベルンシュタインやカウツキーが言っていたことだ』と叫ばなかったことだ。」


日本共産党も、もはや消滅してしまった海外の共産党と同じく、「民主集中制」のおかげで意見交換の自由が無く、党内で理論的切磋琢磨ができなかった。かつて宮本〜不破路線という「正統派」のもとで、それと合わない比較的優秀なマルクス主義の理論家たちを長年かけてほとんど排除してしまったので、今の日本共産党はいわば残滴=残りカスです。だから、世代交代してきているといったところで「せっかく共産党の議員になったのでー『共産党宣言』ぐらいー読んでみまーーす」といったことを平気で言って爆笑させてくれるレベルの議員たちが、中心に居るわけです(いやはや志位さんも大変ですw)。

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兵本さんは先の文章で、日本共産党の今後の予想される進路として2つのうちどちらかだと書いています。

  • (1) 「プロレタリアート独裁」はとりあえず削除しておいて、時至らばやってのける(油断させておいてだまし討ち)。
  • (2) ヨーロッパの社会民主主義政党や日本社会党のように、単なる改良主義政党として終末を迎える。

私は(1)は無いというか、もうやる力も理論も無いと見ているので、(2)つまりは、たとえ名前が共産党であっても中身は普通の資本主義改良主義政党に「いつか〜柿の実が熟したら〜、組織が行き詰って〜」なると見ています。「人間の顔をした経済社会」とかすでにどこかのヨーロッパの政党みたいなこと言ってますしね。

でも本当の根本的な問題は、社会民主主義を目指そうにも経済理論が全くダメということでしょう。その結果何が残るかといえば、ある種の宗教政党になっていく、いやもうとっくになってるんですが、ますますその傾向だけが突出して強くなっていくと見ています。党の上のほうの意見を信じて、皆がおんなじように考えて、おんなじような言葉を発して、おんなじような顔つきになっていく.....(ウワッ!気色悪!)って実際今も党員が沢山居るとこに行くとそんな感じです。ええ、実体験として気色悪いですホンマに!!

だから上記のような綱領路線の矛盾とかを党員に聞いても、末端から中央委員までだーれも納得いくようには答えてくれません(つーかオレもそうだったか〜( ̄▽ ̄))。なんせ皆さん党を信じてますから!

「WiLL」5月号に潮匡人という元自衛官で大学教授の方が「志位委員長の『外面』と『内面』」という記事を書いています。その最後にこうある。「『科学的社会主義』には信仰も希望も愛もない。『暴力革命の方針』はあっても、赦しという究極的な愛がない。まさに罪深く、救いがたい。」

元自衛官だからか、典型的な「日本共産党=実は暴力革命政党なのにその素顔を隠している」的な論調です。でも10年ほど実際に党員をやっていた私は、そこは違うと思う。信仰も希望も愛もないのではなくて"信仰しかない"が真実でしょう。これからますますそうなっていく。

TVでもネットでも、デモでも選挙でも、なんだか永遠に話しの咬み合わない人たち、それが共産党であり、共産党員だと思います。岡田さんも早く考えなおしたほうがいいと思うよ、マジで。

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