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2018-02-03

「赤旗新聞」創刊90年とかいうどうでもいい話から、マスコミとか、その「赤旗」についてとか雑談してみたりする(3)

私もかつては党員だったから、毎日の赤旗を読むことから一日が始まった時代があった(笑)。

赤旗だけでなく、学生向けのなんちゃら新聞とか全学連(いわゆる民青系)の機関紙とか、さらに当然のように民青新聞も取って(取らされて)、さらに毎月の「前衛」「文化評論」「月刊学習」とか買って、たまに新日本出版の「経済」とか新書とかも買って、不破の単行本とかも時々買っていた。今思えば共産党絡みの新聞・雑誌・書籍に毎月どれほどのお金を使っていたことか!読売新聞すら取らなくなった今と比べると隔世の感がある。つーか何というアホらしい青春だったのだらうか!!

夫婦だったら同じ新聞は一つしか取らないのは世の中当たり前だ。しかし共産党員は違う。きっと今でも、夫婦がともに熱心な共産党員の場合2部取っている家庭はけっこう居るだろう。うちの読め嫁とは学生時代からの付き合いだが、付き合っている共産党員の男女が「赤旗」は共同で1部にしますなど、口が裂けても言えなかった。思い出したが学生時代、嵩む党関係の紙誌代に困っていた私に、一時的でいいから「女性のひろば」を取ってくれと頼んできた友人がいたが、今会ったらぶっ殺してやろう(*`ε´*)ノ

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党員時代、勉学や仕事の合間に例の「赤旗」拡大行動というものを当然やっていたのである。拡大行動などというと党員でない人たちには何のこと?だろうが、要するに新聞購読の勧誘活動である。

ただし朝日読売等の一般新聞の勧誘と根本的に違うところがある。それはその「赤旗」拡大行動こそが、一般の人々に党活動への理解と共感を広めるための根幹だということである。言わば「赤旗」の拡大こそが、日本共産党の活動を支える屋台骨である。だから「赤旗」の購読を勧める活動は、それを通して民衆と語り合い、「そうか!日本共産党こそが今の政治に必要なんだな!」という共感を勝ち取る意義深い活動なのである。当然どっかの一般紙の勧誘みたく「ねえ奥さん、洗剤これだけサービスしとくから半年、いや3ヶ月でいいから取ってよ〜」といった物品作戦は許されない、純粋で真面目な活動なのである。

こういう活動スタイル、つまり政党新聞を広めることによって共産党に対する大衆の理解と支持を広げる(だからこそ勧誘ではなく拡大活動と呼ぶ)手法というのは、もともとロシア共産党のレーニンが「何をなすべきか」という有名な著作で全国的政治新聞の意義と役割を政治活動の中にきちんと位置づけたことに始まるとされる。これは逆に言えば、社会主義共産主義の国家を目指そうにも、労働者階級というか一般大衆は、そう簡単に自発的に社会主義政党の必要性を悟ったりはしない、だから新聞等を使った教育が必要なのだ、そういう発想に基づいている。

レーニンのこの「労働者階級という意識概念は非自発的なものだ」という捉え方は正しいと思うが、「赤旗」には昔から全く逆の言葉がよく踊ってきた。

時の政権がチョンボして、それがたまたま共産党の指摘と当たっていたりして、あるいは政局に何か他の異変があって左派への支持率が上がったりすると、それ見たことか「我々日本共産党への、広範な人々の支持がうねりのように立ち上がってきているのです〜」といった感じの論評がいつも載るのだ。党員の頃から「赤旗」を読むたびに「そうかな?それほど感じないけどな〜」と思っていた。

「自然発生的に」共産党への支持が「うねりのようにw」広がっているなら、「赤旗」拡大もいらねーじゃねーのか?┐(´д`)┌


なーーんて思っていた。

ところが「赤旗」はその後必ずこう書く。

「だから今こそより広範に読者を広げる必要があるのです!今こそ大運動のチャンスです〜!」


........と (ノ_-。)

そしてまた拡大活動に駆り出されるのである。そういう流れなので、「赤旗」に「今人々の共感が〜」的な情勢判断が踊りだした時に、「そうかな??」と疑問に思ってしまい拡大活動に身が入らない党員は、共産党的には「負け犬」とか「日和見主義者」という見方をされてしまう。だから私も、思っていても口には出せない疑問でいっぱいだった。へたに疑問を口外すると、話の長ーーーい上部の党員が説得に来るし......。

そうしていつも、消えない疑問が残った毎日の中で、上層部から「天文学的な!」大運動の目標数値が命令され、時には自分から「はい今日は◯◯部拡大します!」と言わないと、会議で精神が弛んでるかのように恫喝される。これがいわゆる「賽の河原の石積み」なのだとわかっていた。

けれどレーニンの時代と違って暴力革命ではなく、議会で多数派を形成して新しい時代を作るのを究極目標と掲げた「やさしい顔した共産党」となった日本共産党にとって、だからこそ「赤旗」の拡大こそがより重要な戦略であった。今では政党助成金を受け取らず、機関紙収入が党財政の要なのでなおさら「赤旗」は捨てられないのである。


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しかしここまで読んですでにお気づきの方も多いだろう。

まず、この点はレーニンも同じだが、「労働者を教育する」とかいう捉え方がすでに上から目線で感じ悪い。「一般大衆へ」といった言葉自体が、党員は、党員ではない人々より一段上で、社会の仕組みやこれから必要な政治のことなどが「分かった人たち」なのだ!的なニュアンスを含んでいる。「目覚めていないオメーらに教えてやるぞ」的なニュアンスが、「赤旗」拡大の活動には、たとえそうは言ってなくても染み込んでいる。いやオレだって党員じゃないけど勉強してるぞなんて思って、「赤旗」拡大に来た党員と、共産党が目指す社会とは違った形の未来の話で議論なんてしたら、やはり長ーーい話で説得(論破?)されそうである。今ではもうそんな理論派の党員も希少かもしれないが。

そして「赤旗」のようなそもそも内容が面白くない新聞が、そんなに広がるわけないのである。これは一般新聞すら読まれなくなった今、政党新聞にすぎない「赤旗」はなおさら読まれないに決まっている。そこは日本共産党の新聞であるかぎり、電子化などにして時代のニーズに合わせていっても、面白くないものは面白くない。
さらに「赤旗」をネット上の存在にして、下手にコメント欄でも付ければ毎日叩かれるだけだ。しかしだからと言って、編集部が読者の声を聞かない対応をすれば、先ほど言ったような「赤旗」が共産党にはモノ言えない新聞だということを、読者に再確認させる結末に繋がる。

もう「赤旗」をいつまでも活動の根幹にしているようじゃ、共産党というものはにっちもさっちも行かないのである。90年も伝統芸のように「赤旗」拡大を党員にさせてきたこと自体が、共産党の無能な変わらなさの象徴なのである。

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